最期まであなたと 2
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上京して、お洒落を楽しみながら憧れの大学生活。
何もかもが新鮮で、ちょっぴり大人の仲間入りをはたしたかのような気分。
一人暮らしは寂しいけれど、新しい生活は毎日が忙しい。
必死にバイトをしたり、勉強したり、友達と遊んだり、料理に買い物などなど……慣れない事ばかりの生活に疲れは出るが楽しみながら過ごしていた。
そんな日々を過ごしていても、ふとした時にとても物足りない気持ちになる。
ーーーずっと何かが、足りなかった。
物心ついたときから、私はその足りない何かを探しながら生きている。
「よぉ」
「やほ」
「………あなた、達」
突如、目の前に現れた黒を印象付けるような私服姿の二人。
私は初めて会ったはずなのに、初めての気がしなかった。
私の知らない記憶が頭を駆け巡る。
知らないはずの青春。
知らないはずの裏切り。
知らないはずの友情。
知らないはずの愛情。
記憶が戻った時、私の目の前に居たのは五条くんと硝子ちゃんだった。
ボロボロと泣き出す私を見て、五条くんは頭を撫でながら笑い、硝子ちゃんは肩を叩く。
「ごめ……っ!!ごめん、なさ…!!」
「謝らなくていい」
「そうそう。オマエは覚悟決めて着いてったんだろ」
「五条くん……硝子ちゃん……」
「なに?」
「どうした?」
沢山謝りたいことがあった。
沢山感謝したいことがあった。
沢山話したいことがあるのに
二人が穏やかに笑っているから
私は泣きながら二人の手を繋ぐ。
「わた……私と、友達に……なって」
べそべそと泣きながら頼む私に、二人は噴き出して笑う。
「当然」
「今度はいなくなんなよ」
「硝子ちゃん!!五条くん!!」
大泣きする私を二人は笑って受け入れてくれた。
ここは、呪霊の見えない平和な世界。
あの頃居た場所とは正反対の、幸せで平和な世界がここにあった。
五条くんも硝子ちゃんも記憶を持ち、たまたま入ったこの大学で出会ったらしい。
記憶が戻れば、私に足りなかった存在は一つしかない。
この広い地球のどこかに居るかもしれないと期待するものの、出会える確率の低さに絶望する。
詳しい話はまた今度、ということで連絡先を交換して別れた。
あれから毎日色々なことを考えてしまい、講義なんて頭に入って来なくて、板書はするものの右から左に聞き流してしまっている。
ボイスレコーダーで録音はしているが、復習も頭に入って来ない状態だ。
意味もなく彼の名前を書きなぐる。
ノート1ページ分も名前を書きなぐり、下手くそな似顔絵を描いて、ふと我にかえる。
呪詛のようで気持ち悪いな……とノートを破る。けど、ぐしゃぐしゃに出来なくて大きなため息をついてしまった。
ずっと足りないと探していたモノ。
わからずにいた時はなんとなく探していたのに、明確になったとたん恋しくなる。
「………会いたいなぁ」
会ったところで、彼に記憶があると思っていない。
例え同じ姿の彼と出会っても、その人を彼と重ねてしまうのは失礼だ。
なのに、記憶があるから私は彼を知っていると勝手に思い込んで、彼を求めても……私の望む彼では無いのに。
記憶というのは厄介だ。
思い出せば思い出すほど、彼が恋しくて愛しくて欲しくて堪らなくなる。
帰って来ない彼を待ち続けた記憶ばかりがよみがえる。
「はぁ……傑くん」
会いたい。会いたい。会いたい。
じわじわと涙腺が緩んでくる。
まったく頭に入って来ない講義が終われば、出欠用の用紙を提出するためぞろぞろと出ていく人混みが落ち着いてから立ち上がる。
その時、呪詛のような1ページがひらりと落ちてしまい慌てて回収しようとしたら、階段を踏み外し前のめりになる。
ヤバイ、と思っても身体が動かず痛みを覚悟したものの、ぐいっとお腹に回った太い腕。
「危ないな」
聞きなれた、声がした。
「大丈夫かい?」
「………傑くん」
「ん?」
思わず呟いてしまった名前。
返ってきた返事に振り返って見上げれば、そこには会いたくてたまらなかった人がいた。
ラフなTシャツに黒いサルエル。
髪はハーフアップのお団子姿。
小首を傾げる彼に、私は驚く。
こんな偶然、あるのかと。
「大丈夫かい?」
「あっ、すいません!!
助けていただきありがとうございます!!」
「何か落としたみたいだけど…これかい?」
「あっ、それ駄目です!!」
手の長さにより、先に拾われた呪詛の一枚。
見知らぬ女が名前をビッシリ書いて、似顔絵まで描いて、それが本人の手に渡るなんてどんな呪いだ。
案の定、ビシリッと固まった彼。
その彼から呪詛ノートを素早く奪い取り、にっこりと笑顔で早口にお礼を告げる。
「危ないところを助けていただき大変ありがとうございました!!おかげで怪我をせずに済んで本当に感謝しております!!すいませんがこれで失礼させていただきます!!」
「あの……」
「失礼させていただきます!!
………ごめんなさい!!!!」
過去最高のダッシュで出欠用紙を提出し、その場から逃げ出した。
この運命的な出会いを、硝子ちゃんと五条くんに話すと爆笑された。
現物の呪詛ノートを見せれば、二人は呼吸すら危うくなってしまうくらい爆笑された。
「で?」
「………それだけだよ」
「会ってないの?」
「会ってないよ。むしろ、会えない」
ひーひーと笑いながら目尻を擦る二人に対し、私はテラスのテーブルに顔を押し付けている。
会いたいと願ったが、こんな出会い方は望んでいなかった。
「名前最高だよ」
「名前らしいね」
「絶対引かれた……」
「見知らぬ女に名前と似顔絵書かれたら確かにドン引くわー
いくら可愛い名前でもなー」
「五条くん、私を辱しめて殺したいんだ」
「まさか。可愛い可愛い」
「顔がムカつく」
「イケメンでごめんな?」
サングラス越しにウィンクされながら頭を撫でられる。
「僕にしておけば?」
「うわ、ないわー」
「前世では結ばれなかった片思いの僕可哀想じゃない?」
「………会いたいなぁ。けど、会いたくない」
「聞けよ」
「ざまぁ」
「当たり前のように、愛され過ぎてた記憶しかないから……どう接していいのかわかんない」
「はいはい、ご馳走さま」
五条くんにぺしぺし頭を叩かれる。
片思い云々はきっと悪ふざけなので気にしない。
相手に記憶が無い事が反応からわかっているため、最初の出会い方がストーカーのようできっとドン引かれただろう。
そんな女と関わろうと思う勇者はいない。
記憶が戻って浮かれすぎていた自分をシバきたいと思っても、もう過去の話だ。
「まぁ、同じ大学にいるとわかっただけいいんじゃない?」
「そーそー。ストーカー女なんてかなり印象付けたはずだし」
「五条くんの馬鹿」
「第一印象が最低でも、これからだろ」
「硝子ちゃん……それフォローになってない」
大きなため息と共に涙すら出てくる。
馬鹿な行動をしなければ良かったと、呪詛ノートを見つめる。
そんな時、ノートに影ができる。
「こんにちは」
聞こえた声に顔を上げれば、そこには彼の姿。
五条くんも硝子ちゃんも驚いた顔をしているが、私も驚いた。
にこり、と笑っている彼はチラリと私の呪詛ノートを見て苦笑している。
「大学内が広いから探したよ」
「………え」
「コレ。この間の講義で忘れ物だよ」
手渡されたボイスレコーダー。
急ぎすぎて忘れていた事すら忘れていたのに、わざわざ探して持ってきてくれるなんて思っていなかった。
「あ、ありがとうございます」
「どこかで会った事があったかな?」
「へ?えっと……」
「名前も知っていて、似顔絵まで描いてくれて、会いたいと言ってもらえるなんて」
「え………なんで」
「ボイスレコーダー、勝手に聞いてしまったんだ。すまないね」
苦笑されながらさらりと言われた発言に、私は顔が熱くなる。
出来ることなら今すぐ埋まりたい。
「ご、ごめんなさい……!!
あの、決してストーカーではなくて!!」
「名前、認めたらストーカーみたいなもんだぞ」
「いや、貴方と私の知ってる彼は別人で!!」
「無理あるだろ」
「〜〜〜知ってるけど、知らないんです!!」
「どんな発言だよ」
「ストーカーだぞ」
「五条くんと硝子ちゃん追い討ちヤメテ!!
私……埋まりたい」
顔を両手で覆い、これ以上何か話してもストーカーにしか聞こえない。
自分でも墓穴ばかりで嫌になる。
何も知らない彼の事を知ったように話すなんて、気持ち悪すぎる。
「ふっ」
「?」
「ははっ!!す、すまないね」
くつくつと、笑いだす彼。
ポカンとする私に対し、目を細めて笑う彼。
「可愛らしい子に名前や顔を覚えてもらえるなんて嬉しいよ」
「か、わっ!?」
「おい、僕との反応の差」
「出来ればキミの名前を教えてくれないか?」
「………苗字名前、です」
「名前って呼んでも?」
こくこくと頷けば、手を伸ばして頬に触れる彼。
驚きのあまり、固まる私。
「知ってると思うけど私は夏油傑だよ」
「………傑、くん」
「なんだい?名前」
声が、仕草が、全てが愛しくてたまらない。
頬を撫でる手に、自分の手を重ねる。
「………傑、くん…っ」
イトしくて、コイしくて。
触れれば触れるほど、もっともっとと欲張りになってしまう。
じわじわと涙腺が緩んで、目元が熱くなっていく私はうつ向いてしまう。
ここで泣いてはいけないと思っても、我慢できずに溢れくる。
そんな私の涙を、親指で拭う彼。
しゃがみこんで、困った顔をしながら笑う彼。
「相変わらず泣き虫だな」
「………え」
「駄目だろ?そんな可愛らしい顔を皆に見せたら」
「おいおい、嘘だろ」
「うわ…まじか」
五条くんと硝子ちゃんの驚いた声。
けど、私は目の前の彼に頭の中の情報が追いつかないでいる。
ぽたり、と落ちる涙。
溢れ出た涙は止まることを知らない。
「傑くん………?」
「なんだい?名前」
「記憶………ある、の?」
そんな都合がいい事があるのだろうか。
そんな夢のような話があるのだろうか。
「あるさ。
名前と恋に落ちた記憶から
名前を置いて逝った記憶まで」
「〜〜〜っ!!傑くんっ!!」
「ごめん、名前」
太い首に腕を回して抱き付けば
優しく包み込むように抱き締めてくれる。
わんわんと大泣きする私の頭を撫でてくれる手つきも、しっかりと抱き締めてくれる腕も
記憶の中と変わらない。
「おーい、僕らもいること忘れんな」
「夏油記憶あるの?」
「やあ、悟に硝子。久しいね」
「ノリかっっる!!」
「私の名前がお世話になってたみたいだね」
泣いている私を抱いたまま、にこりと硝子ちゃんと五条くんと話す傑くん。
「まぁな。僕らのが記憶が戻った名前と早く出会ったし?
仲良くさせてもらったよ」
「そうか。私も記憶が戻ったから後の事は私に任せてくれ」
「友人ですらないオマエに可愛い名前を任せられるわけないでしょ。
僕らは今の名前と友人。オマエは顔見知りじゃん」
「………悟、喧嘩なら買うよ?」
「勝てた事ないくせに?」
「表に出ろ」
「ここ表だろ」
不穏な空気を出す二人。
泣いていたのに、昔に戻ったみたいで思わず笑ってしまった。
泣きながら笑う私に、五条くんも傑くんも呆れている。
「泣くか笑うかどっちかにしなよ」
「だって……懐かしくて」
「夏油、最近記憶戻った感じ?」
「講義の時に目の前で名前が一心不乱に私の名前書いていた時かな」
「あー、呪詛ノートね」
「声掛けようとしたら階段踏み外すし、話そうとしたら逃げられてね」
「………忘れてください」
「探してるのに、この学校広すぎるんだよ」
本当たまたま会えたから良かった、と笑う傑くん。
探してくれていたことに胸がトキメキ、傑くんの身体にぎゅーぎゅー抱き着いてしまう。
「夏油、何か言うことは?」
「………謝らないよ。
記憶が戻って、昔のように接するなんて無理だと言われても仕方がないが……私は後悔していないからね」
「オマエ本っ当に真面目で頭硬いよね」
「私は」
「俺も硝子も気にしてねーよ。
過去は過去だし、今は今だろ」
「そういうことだ」
「………悟、硝子」
「この世界ではオマエはただの夏油だろ」
「オマエがまた道踏み外してこの世界の人間皆殺しにするって言うなら、殴ってでも全力で止めてやるよ。
ーーー親友だからな」
にやり、と笑う五条くん。
硝子ちゃんも笑みを浮かべている。
「傑くん」
この世界は、平和だよ。
理不尽な事、手に負えないこと、守りきれないこともあるけれど……
あの時のように、常に死が絡み付く場所じゃない。
お日様の当たる、平和な世界。
「………敵わないな」
くしゃりと泣きそうな表情で顔を歪ませる傑くん。
「また、始めよう」
過去の罪がある。
過去の後ろめたさがある。
けど、過去の友情がある。
「五条くんも硝子ちゃんも私を受け入れてくれたよ」
「名前……」
「傑くんも、ここから始めよう」
「………いいのか?」
「当たり前だろ」
「今さらだな」
初めまして、とお互いに挨拶をして
四人で噴き出して笑った。
一人で寂しかったのに
あっという間に寂しさなんて無くなった。
四人で並んで歩く。
「名前、今日バイト?」
「うん。夕方から」
「なら飯食いに行くかな」
「飲食店で働いてるのかい?」
「うん。
小さいカフェだけどオーナーが親戚で」
「へぇ。悟と硝子はよく行くのかい?」
「珈琲が美味しいからな」
「料理もまぁまぁ」
「私も行っていいのかい?」
「勿論。来てくれたらオーナーも喜ぶよ」
「名前は?」
「………私も、傑くんと居られるなら嬉しい」
「……………」
「傑くん?」
「名前、結婚しよう」
「えっ!?」
「傑、オマエ……」
「今は付き合ってもいないだろ」
「あぁ、そうだったね。
名前、私と付き合ってくれるかい?」
手を繋いで笑う傑くん。
五条くんや硝子ちゃんは呆れた顔。
「オマエさぁ……」
「前回は内縁の妻状態だったからね。
名前以外の誰かと結婚するなんて考えられない」
「名前が他に付き合ってる奴いると思わないのか」
「僕とか」
「ないね」
「もうちょい悩めよ」
「悩む必要ないだろ。で、返事は?」
繋いだ手をぎゅっと握り返し、傑くんの腕を抱き締める。
「結婚してください、傑くん!!」
「勿論」
「あ、けど大学卒業してからね」
「今は学生だからね」
「急に現実的だな」
「バカップルめ」
笑って、笑って、笑って。
あの日終わってしまい、バラバラになった私達。
そんな私達を再び引き合わせてくれた神様に
お礼を告げる。
呪力もない
呪霊も見えない
戦わなくてもいい
平和な世界で
私達は四人で笑って過ごす。
あとがき
転生ハッピーエンド。
最近なんか転生もの読んでたら
書きたくなってしまって。
傑の沼ヤバイ。
五条さん封印されてるとこに
顔と筋肉がいい傑さん(偽物)が、傑の素敵な角度わかって魅せてくるから(笑)
どんどん沼にはまります。
何もかもが新鮮で、ちょっぴり大人の仲間入りをはたしたかのような気分。
一人暮らしは寂しいけれど、新しい生活は毎日が忙しい。
必死にバイトをしたり、勉強したり、友達と遊んだり、料理に買い物などなど……慣れない事ばかりの生活に疲れは出るが楽しみながら過ごしていた。
そんな日々を過ごしていても、ふとした時にとても物足りない気持ちになる。
ーーーずっと何かが、足りなかった。
物心ついたときから、私はその足りない何かを探しながら生きている。
「よぉ」
「やほ」
「………あなた、達」
突如、目の前に現れた黒を印象付けるような私服姿の二人。
私は初めて会ったはずなのに、初めての気がしなかった。
私の知らない記憶が頭を駆け巡る。
知らないはずの青春。
知らないはずの裏切り。
知らないはずの友情。
知らないはずの愛情。
記憶が戻った時、私の目の前に居たのは五条くんと硝子ちゃんだった。
ボロボロと泣き出す私を見て、五条くんは頭を撫でながら笑い、硝子ちゃんは肩を叩く。
「ごめ……っ!!ごめん、なさ…!!」
「謝らなくていい」
「そうそう。オマエは覚悟決めて着いてったんだろ」
「五条くん……硝子ちゃん……」
「なに?」
「どうした?」
沢山謝りたいことがあった。
沢山感謝したいことがあった。
沢山話したいことがあるのに
二人が穏やかに笑っているから
私は泣きながら二人の手を繋ぐ。
「わた……私と、友達に……なって」
べそべそと泣きながら頼む私に、二人は噴き出して笑う。
「当然」
「今度はいなくなんなよ」
「硝子ちゃん!!五条くん!!」
大泣きする私を二人は笑って受け入れてくれた。
ここは、呪霊の見えない平和な世界。
あの頃居た場所とは正反対の、幸せで平和な世界がここにあった。
五条くんも硝子ちゃんも記憶を持ち、たまたま入ったこの大学で出会ったらしい。
記憶が戻れば、私に足りなかった存在は一つしかない。
この広い地球のどこかに居るかもしれないと期待するものの、出会える確率の低さに絶望する。
詳しい話はまた今度、ということで連絡先を交換して別れた。
あれから毎日色々なことを考えてしまい、講義なんて頭に入って来なくて、板書はするものの右から左に聞き流してしまっている。
ボイスレコーダーで録音はしているが、復習も頭に入って来ない状態だ。
意味もなく彼の名前を書きなぐる。
ノート1ページ分も名前を書きなぐり、下手くそな似顔絵を描いて、ふと我にかえる。
呪詛のようで気持ち悪いな……とノートを破る。けど、ぐしゃぐしゃに出来なくて大きなため息をついてしまった。
ずっと足りないと探していたモノ。
わからずにいた時はなんとなく探していたのに、明確になったとたん恋しくなる。
「………会いたいなぁ」
会ったところで、彼に記憶があると思っていない。
例え同じ姿の彼と出会っても、その人を彼と重ねてしまうのは失礼だ。
なのに、記憶があるから私は彼を知っていると勝手に思い込んで、彼を求めても……私の望む彼では無いのに。
記憶というのは厄介だ。
思い出せば思い出すほど、彼が恋しくて愛しくて欲しくて堪らなくなる。
帰って来ない彼を待ち続けた記憶ばかりがよみがえる。
「はぁ……傑くん」
会いたい。会いたい。会いたい。
じわじわと涙腺が緩んでくる。
まったく頭に入って来ない講義が終われば、出欠用の用紙を提出するためぞろぞろと出ていく人混みが落ち着いてから立ち上がる。
その時、呪詛のような1ページがひらりと落ちてしまい慌てて回収しようとしたら、階段を踏み外し前のめりになる。
ヤバイ、と思っても身体が動かず痛みを覚悟したものの、ぐいっとお腹に回った太い腕。
「危ないな」
聞きなれた、声がした。
「大丈夫かい?」
「………傑くん」
「ん?」
思わず呟いてしまった名前。
返ってきた返事に振り返って見上げれば、そこには会いたくてたまらなかった人がいた。
ラフなTシャツに黒いサルエル。
髪はハーフアップのお団子姿。
小首を傾げる彼に、私は驚く。
こんな偶然、あるのかと。
「大丈夫かい?」
「あっ、すいません!!
助けていただきありがとうございます!!」
「何か落としたみたいだけど…これかい?」
「あっ、それ駄目です!!」
手の長さにより、先に拾われた呪詛の一枚。
見知らぬ女が名前をビッシリ書いて、似顔絵まで描いて、それが本人の手に渡るなんてどんな呪いだ。
案の定、ビシリッと固まった彼。
その彼から呪詛ノートを素早く奪い取り、にっこりと笑顔で早口にお礼を告げる。
「危ないところを助けていただき大変ありがとうございました!!おかげで怪我をせずに済んで本当に感謝しております!!すいませんがこれで失礼させていただきます!!」
「あの……」
「失礼させていただきます!!
………ごめんなさい!!!!」
過去最高のダッシュで出欠用紙を提出し、その場から逃げ出した。
この運命的な出会いを、硝子ちゃんと五条くんに話すと爆笑された。
現物の呪詛ノートを見せれば、二人は呼吸すら危うくなってしまうくらい爆笑された。
「で?」
「………それだけだよ」
「会ってないの?」
「会ってないよ。むしろ、会えない」
ひーひーと笑いながら目尻を擦る二人に対し、私はテラスのテーブルに顔を押し付けている。
会いたいと願ったが、こんな出会い方は望んでいなかった。
「名前最高だよ」
「名前らしいね」
「絶対引かれた……」
「見知らぬ女に名前と似顔絵書かれたら確かにドン引くわー
いくら可愛い名前でもなー」
「五条くん、私を辱しめて殺したいんだ」
「まさか。可愛い可愛い」
「顔がムカつく」
「イケメンでごめんな?」
サングラス越しにウィンクされながら頭を撫でられる。
「僕にしておけば?」
「うわ、ないわー」
「前世では結ばれなかった片思いの僕可哀想じゃない?」
「………会いたいなぁ。けど、会いたくない」
「聞けよ」
「ざまぁ」
「当たり前のように、愛され過ぎてた記憶しかないから……どう接していいのかわかんない」
「はいはい、ご馳走さま」
五条くんにぺしぺし頭を叩かれる。
片思い云々はきっと悪ふざけなので気にしない。
相手に記憶が無い事が反応からわかっているため、最初の出会い方がストーカーのようできっとドン引かれただろう。
そんな女と関わろうと思う勇者はいない。
記憶が戻って浮かれすぎていた自分をシバきたいと思っても、もう過去の話だ。
「まぁ、同じ大学にいるとわかっただけいいんじゃない?」
「そーそー。ストーカー女なんてかなり印象付けたはずだし」
「五条くんの馬鹿」
「第一印象が最低でも、これからだろ」
「硝子ちゃん……それフォローになってない」
大きなため息と共に涙すら出てくる。
馬鹿な行動をしなければ良かったと、呪詛ノートを見つめる。
そんな時、ノートに影ができる。
「こんにちは」
聞こえた声に顔を上げれば、そこには彼の姿。
五条くんも硝子ちゃんも驚いた顔をしているが、私も驚いた。
にこり、と笑っている彼はチラリと私の呪詛ノートを見て苦笑している。
「大学内が広いから探したよ」
「………え」
「コレ。この間の講義で忘れ物だよ」
手渡されたボイスレコーダー。
急ぎすぎて忘れていた事すら忘れていたのに、わざわざ探して持ってきてくれるなんて思っていなかった。
「あ、ありがとうございます」
「どこかで会った事があったかな?」
「へ?えっと……」
「名前も知っていて、似顔絵まで描いてくれて、会いたいと言ってもらえるなんて」
「え………なんで」
「ボイスレコーダー、勝手に聞いてしまったんだ。すまないね」
苦笑されながらさらりと言われた発言に、私は顔が熱くなる。
出来ることなら今すぐ埋まりたい。
「ご、ごめんなさい……!!
あの、決してストーカーではなくて!!」
「名前、認めたらストーカーみたいなもんだぞ」
「いや、貴方と私の知ってる彼は別人で!!」
「無理あるだろ」
「〜〜〜知ってるけど、知らないんです!!」
「どんな発言だよ」
「ストーカーだぞ」
「五条くんと硝子ちゃん追い討ちヤメテ!!
私……埋まりたい」
顔を両手で覆い、これ以上何か話してもストーカーにしか聞こえない。
自分でも墓穴ばかりで嫌になる。
何も知らない彼の事を知ったように話すなんて、気持ち悪すぎる。
「ふっ」
「?」
「ははっ!!す、すまないね」
くつくつと、笑いだす彼。
ポカンとする私に対し、目を細めて笑う彼。
「可愛らしい子に名前や顔を覚えてもらえるなんて嬉しいよ」
「か、わっ!?」
「おい、僕との反応の差」
「出来ればキミの名前を教えてくれないか?」
「………苗字名前、です」
「名前って呼んでも?」
こくこくと頷けば、手を伸ばして頬に触れる彼。
驚きのあまり、固まる私。
「知ってると思うけど私は夏油傑だよ」
「………傑、くん」
「なんだい?名前」
声が、仕草が、全てが愛しくてたまらない。
頬を撫でる手に、自分の手を重ねる。
「………傑、くん…っ」
イトしくて、コイしくて。
触れれば触れるほど、もっともっとと欲張りになってしまう。
じわじわと涙腺が緩んで、目元が熱くなっていく私はうつ向いてしまう。
ここで泣いてはいけないと思っても、我慢できずに溢れくる。
そんな私の涙を、親指で拭う彼。
しゃがみこんで、困った顔をしながら笑う彼。
「相変わらず泣き虫だな」
「………え」
「駄目だろ?そんな可愛らしい顔を皆に見せたら」
「おいおい、嘘だろ」
「うわ…まじか」
五条くんと硝子ちゃんの驚いた声。
けど、私は目の前の彼に頭の中の情報が追いつかないでいる。
ぽたり、と落ちる涙。
溢れ出た涙は止まることを知らない。
「傑くん………?」
「なんだい?名前」
「記憶………ある、の?」
そんな都合がいい事があるのだろうか。
そんな夢のような話があるのだろうか。
「あるさ。
名前と恋に落ちた記憶から
名前を置いて逝った記憶まで」
「〜〜〜っ!!傑くんっ!!」
「ごめん、名前」
太い首に腕を回して抱き付けば
優しく包み込むように抱き締めてくれる。
わんわんと大泣きする私の頭を撫でてくれる手つきも、しっかりと抱き締めてくれる腕も
記憶の中と変わらない。
「おーい、僕らもいること忘れんな」
「夏油記憶あるの?」
「やあ、悟に硝子。久しいね」
「ノリかっっる!!」
「私の名前がお世話になってたみたいだね」
泣いている私を抱いたまま、にこりと硝子ちゃんと五条くんと話す傑くん。
「まぁな。僕らのが記憶が戻った名前と早く出会ったし?
仲良くさせてもらったよ」
「そうか。私も記憶が戻ったから後の事は私に任せてくれ」
「友人ですらないオマエに可愛い名前を任せられるわけないでしょ。
僕らは今の名前と友人。オマエは顔見知りじゃん」
「………悟、喧嘩なら買うよ?」
「勝てた事ないくせに?」
「表に出ろ」
「ここ表だろ」
不穏な空気を出す二人。
泣いていたのに、昔に戻ったみたいで思わず笑ってしまった。
泣きながら笑う私に、五条くんも傑くんも呆れている。
「泣くか笑うかどっちかにしなよ」
「だって……懐かしくて」
「夏油、最近記憶戻った感じ?」
「講義の時に目の前で名前が一心不乱に私の名前書いていた時かな」
「あー、呪詛ノートね」
「声掛けようとしたら階段踏み外すし、話そうとしたら逃げられてね」
「………忘れてください」
「探してるのに、この学校広すぎるんだよ」
本当たまたま会えたから良かった、と笑う傑くん。
探してくれていたことに胸がトキメキ、傑くんの身体にぎゅーぎゅー抱き着いてしまう。
「夏油、何か言うことは?」
「………謝らないよ。
記憶が戻って、昔のように接するなんて無理だと言われても仕方がないが……私は後悔していないからね」
「オマエ本っ当に真面目で頭硬いよね」
「私は」
「俺も硝子も気にしてねーよ。
過去は過去だし、今は今だろ」
「そういうことだ」
「………悟、硝子」
「この世界ではオマエはただの夏油だろ」
「オマエがまた道踏み外してこの世界の人間皆殺しにするって言うなら、殴ってでも全力で止めてやるよ。
ーーー親友だからな」
にやり、と笑う五条くん。
硝子ちゃんも笑みを浮かべている。
「傑くん」
この世界は、平和だよ。
理不尽な事、手に負えないこと、守りきれないこともあるけれど……
あの時のように、常に死が絡み付く場所じゃない。
お日様の当たる、平和な世界。
「………敵わないな」
くしゃりと泣きそうな表情で顔を歪ませる傑くん。
「また、始めよう」
過去の罪がある。
過去の後ろめたさがある。
けど、過去の友情がある。
「五条くんも硝子ちゃんも私を受け入れてくれたよ」
「名前……」
「傑くんも、ここから始めよう」
「………いいのか?」
「当たり前だろ」
「今さらだな」
初めまして、とお互いに挨拶をして
四人で噴き出して笑った。
一人で寂しかったのに
あっという間に寂しさなんて無くなった。
四人で並んで歩く。
「名前、今日バイト?」
「うん。夕方から」
「なら飯食いに行くかな」
「飲食店で働いてるのかい?」
「うん。
小さいカフェだけどオーナーが親戚で」
「へぇ。悟と硝子はよく行くのかい?」
「珈琲が美味しいからな」
「料理もまぁまぁ」
「私も行っていいのかい?」
「勿論。来てくれたらオーナーも喜ぶよ」
「名前は?」
「………私も、傑くんと居られるなら嬉しい」
「……………」
「傑くん?」
「名前、結婚しよう」
「えっ!?」
「傑、オマエ……」
「今は付き合ってもいないだろ」
「あぁ、そうだったね。
名前、私と付き合ってくれるかい?」
手を繋いで笑う傑くん。
五条くんや硝子ちゃんは呆れた顔。
「オマエさぁ……」
「前回は内縁の妻状態だったからね。
名前以外の誰かと結婚するなんて考えられない」
「名前が他に付き合ってる奴いると思わないのか」
「僕とか」
「ないね」
「もうちょい悩めよ」
「悩む必要ないだろ。で、返事は?」
繋いだ手をぎゅっと握り返し、傑くんの腕を抱き締める。
「結婚してください、傑くん!!」
「勿論」
「あ、けど大学卒業してからね」
「今は学生だからね」
「急に現実的だな」
「バカップルめ」
笑って、笑って、笑って。
あの日終わってしまい、バラバラになった私達。
そんな私達を再び引き合わせてくれた神様に
お礼を告げる。
呪力もない
呪霊も見えない
戦わなくてもいい
平和な世界で
私達は四人で笑って過ごす。
あとがき
転生ハッピーエンド。
最近なんか転生もの読んでたら
書きたくなってしまって。
傑の沼ヤバイ。
五条さん封印されてるとこに
顔と筋肉がいい傑さん(偽物)が、傑の素敵な角度わかって魅せてくるから(笑)
どんどん沼にはまります。