最期まであなたと
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君に出会って恋をした。
君と過ごして愛を育んだ。
当たり前に隣にいることが幸せで
嘘つきな君も
意地悪な君も
弱い君も
優しい君も
正義感がある君も
強い君も
愛しくて
哀しかった。
16歳の春、君と出会い
16歳の夏、君に恋をし
16歳の秋、君達と仲間になれ
16歳の冬、君と通じあい
17歳の春、君と笑い
17歳の夏、君は絶望し
17歳の秋、君は悩み
17歳の冬、君は離れようとし
18歳の春、君に手を伸ばし
18歳の夏、君と離反した
君は私を巻き込んだと言ったけど
私は君といられて幸せだった。
たとえ、私の意思と反していても
私は笑って幸せだと答えるよ。
だから
嘘つきな君の隣に
私を置いてください。
「いっくよー」
硝子ちゃんがペンを持ち、傑くんがけしゴムを二人で一斉に五条くんへ投げる。
五条くんの近くで見守っていた私。
五条くんの目の前でペンが止まり、けしゴムが当たる。
「わ……すごい」
「うん、いけるね」
「げ、何今の」
「術式対象の自動選択か?」
五条くんは自身の術式をマニュアルからオートマにしたらしい。
無下限呪術をほぼ出しっぱなししているらしい。
それによって脳への影響を硝子ちゃんが指摘したが、反転術式も回し続け脳への影響を阻止できるらしい。
他にも色々出来ることが増えいるらしく五条くんは"最強"に相応しい強さを身に付けていた。
「傑、ちょっと痩せた?大丈夫か?」
「ただの夏バテさ。大丈夫」
「ソーメン食い過ぎた?」
五条くんに返事を返す傑くん。
夏バテ何かじゃないことをわかっているからこそ、心配になる。
その夏は、とても忙しかった。
昨年頻発した災害の影響もあったせいか
沢山の呪霊が湧いた。
「傑くん……ちゃんと食べてる?」
それぞれが単独で任務に送られる。
以前よりも会える頻度は減ってしまった。
会うたび痩せていく傑くんを見ると胸が苦しくなる。
「食欲が出なくてね」
「呪霊のせい?」
「………」
困ったように眉を下げる傑くん。
術式だから、取り込むことを辞められない。
祓って、取り込むたび傑くんを苦しめる。
特級となった五条くんや傑くんは私達の比ではないほど、忙しい。
その分、傑くんが取り込み、身体への負担にもなる。
私は傑くんにせめてカロリーのある簡易な物を手渡すことしか出来ない。
喉に通りやすい物……と10秒チャージ、蜂蜜、牛乳。
口の中で溶けるような、栄養の高いもの……と思ってチョコやドライフルーツや飴など、持ち運び出来るような物を持ち歩くようになった。
口に運ばないので、お節介かもしれないが無理やりでも口の中に入れると目の前で食べてくれるから少しだけホッとする。
いつ呼び出しがくるかわからない傑くんとの逢瀬の中、私の膝に頭を乗せ、目元を腕で覆いながら休む傑くん。
最近じゃ睡眠も浅く、いつか倒れてしまわないかと心配になる。
代わってあげることの出来ないもどかしさに胸が痛む。
「………寝てた」
「少しは休めた?」
「少しね」
ぼーっとしながら目をパチパチとする傑くん。
今のところ呼び出しは無いからと、目元に手を当てるとその上から傑くんの大きな手が合わさる。
「名前、明日から任務だっけ?」
「うん。簡単な二級討伐」
「………そうか」
「心配?」
「あぁ」
「ちゃんと傑くんの所に帰って来るよ。
だから傑くんも帰って来てね。
途中、倒れないでね」
「そうだね」
少しでも、傑くんの心が穏やかにあればいい。
なのに……世界は彼に優しく無い。
任務から戻ると後輩の一人が亡くなっていた。
傑くんが可愛がっていた……傑くんを慕っていた灰原くん。
「………灰原くんが」
「名前は見ない方がいい」
「……傑くんっ」
表情の無い傑くん。
もう、限界だったんだと思う。
傑くんの心はいつ壊れても不思議じゃなかった。
「名前……
術師というマラソンゲームの果てに何があるんだろうな」
「果て……?」
「私には果てにあるのが仲間の屍の山しか浮かばない」
「………私は!!私は、ちゃんと帰って来るよ!
傑くんの所にっ」
抱き締められた身体が小さく思えた。
この人はこんなに……脆くて、小さかったかと思うくらい傑くんは限界だった。
この時、何が正解だったのか
今でも私には分からない。
その年ーーー2007年9月
一人任務に行った傑くんは帰って来なかった。
「名前、落ち着いて聞いてくれ」
夜蛾先生から聞かされた内容は
その集落の人々100人以上を傑くんは皆殺しにしたという事実。
残穢から傑くんの呪霊操術と断定された。
傑くんは行方不明。
呪術規定に基づき、傑くんは呪詛師として処刑対象となった。
「………」
「名前、何か傑の変わった様子……名前?おいっ」
「名前?ちゃんと呼吸意識しな!!」
目の前が真っ暗になる、とはこのことを言うんだと思う。
視界が真っ暗になり、呼吸が上手く出来ない。
先生の焦った声と硝子ちゃんの名前を呼ぶ声。
私は過呼吸で意識を失い
目覚めた時には医務室にいた。
ーーー置いて行かれた。
その事実に、胸が苦しくなる。
「目ェ覚めたのかよ」
「………五条、くん?」
「気分はどう?」
「硝子、ちゃん……」
真っ暗な月明かりだけの医務室に、二人は居てくれたのにーーー私が一番居て欲しい人はいない。
その事実に涙が込み上げる。
「何も聞いて無いのかよ」
「………なに、が」
「傑から」
「連絡も無い……
任務に行く前も、行ってきます……って言ったから……見送って…」
「五条、目覚めたばかりだから無理させんな」
「傑くん……戻って、来ないの?」
「知るか」
「離れるくらいなら、殺してって言ったのに」
「……お前、何言ってんだよ」
五条くんからピリピリと殺気混じりの気配がする。
けど、そんなことどうでもいい。
夜蛾先生の報告が頭をぐるぐると繰り返される。
私が頑張っても、必死になっても傑くんにとって道ばたの石ころのようにどうでもいい存在だった?私を手離したくないと言ってくれたのは嘘だった?
任務先で何かがあり……傑くんの心が壊れた?と色々なことが頭を巡る。
「お前、傑が離反すること知ってたのかよ」
「知らない……」
「ずっと一緒に居たくせに?」
「五条!!」
硝子ちゃんが私の胸ぐらを掴む五条くんを止めようとする。
何も考えられない。
何も考えたくない。
何も話さない私を見て五条くんが舌打ちをしながら怒って出ていく。
硝子ちゃんがベッドの上に腰掛ける。
「名前、馬鹿なこと考えるなよ」
今は混乱してるだろうから休みな、と硝子ちゃんにシーツを叩かれる。
「………硝子ちゃん」
「まずは休みな」
「………私を、許さないで」
硝子ちゃんにそう伝えると馬鹿、と言われた。
それから数日後、街へ行っていた硝子ちゃんから傑くんと会ったと連絡が来た。
「行くのか」
「………先生」
「会ってどうする」
私が馬鹿な行動をしないように、と
誰かしら一緒に居てくれた。
今は硝子ちゃんも五条くんもいない。
誰もいない教室で私は硝子ちゃんから連絡を受け取った。
これが仕向けられたことなのか、偶然だったのかわからないが……夜蛾先生と向き合う。
「私は、弱いです。術師に向かない。
私は私が生き残るために術師をしてました……
みんなみたいに、非術師の為には戦えない」
私は弱い。
この世界で生きるには、力も無いし心も弱い。
何度も何度も挫けたし、心が折れそうになった。
「呪霊となんか戦いたくないっ
死にたくない……っ!!生きたいから、術師になりましたっ」
だから、私は傑くんや五条くんが羨ましかった。
自分が生きるだけで精一杯の私と違い、誰かを守れる強さがある2人が……。
「術師は非術師を守るためにある……それが正しいのは分かってます」
「ならなぜだ」
「誰かの心を殺してまで……守らなきゃいけないことなんですか?」
「………名前」
「ごめんなさい……私、すごい嫌な子です。
弱いことを理由に……今までの傑くんや五条くんを否定した」
夜蛾先生は難しい顔のまま、私を見つめている。
「けどね、弱いから思うんです……。
なんで私が彼らを守るために命を掛けなきゃいけないんだろう……って。
どんなに頑張っても、少しだけ強くなっても……
私は私が一番可愛いから、誰かの為に命を掛けられない」
だからこそ、私は呪術師に向かないのだろう。
姑息で、怖がりで、臆病な私は
少しだけ力のある非術師のようなもの。
本当の意味で、術師師にはなれない。
人々の為に呪霊と戦いたくない。
人々の為に命を掛けたくない。
人々の為に仲間を苦しませたくない。
人々の為にーー何のため?
「軽蔑していいですよ。
私は……呪術師には向かないみたいです」
「………優しすぎるのも考えものだな」
「先生は責めますか?」
「………私は立場上断罪しなければならない」
「………私、先生の遠回しな優しさ好きでしたよ。
私なんかでも、頑張っていると応援してくれて……
その期待に応えられませんでしたが」
誰かの為に、悩み続け
誰かの為に、呪霊を祓い
誰かの為に、命を掛ける
終わりの見えない道を
ずっと生き続けようというのなら……
「先生………"誰かの為に"生きるなら
私は優しい彼の為に生きたいです」
「………馬鹿者が」
背を向ける先生に謝罪の言葉を一つ。
そのまま私は窓から飛び出し走った。
どこに行けば会えるのかわからない。
もしかしたら会えないかもしれない。
これは、私の一世一代の賭けだ。
都内を走り回る私は自分の身なりなど気にしない。
息が上がり、今どんな姿をしているのかもわからないし、会えるかどうかもわからない。
なのに、必死に新宿の中を走る。
ダメ元で傑くんへ電話をかける。
繋がるわけがないと、今までは連絡しなかったのだが……まさか、繋がった。
『もしもし』
「………え?」
『ん?』
繋がると思って無かったから、思わず間抜けな声を出してしまう。
乱れた呼吸を整えようと、走るのを止めて深呼吸する。
「………傑、くん?」
『そうだよ』
「………何で繋がるの?」
『名前は寂しがり屋だから、いつかかかってくるかな?と思って』
「傑くん……傑くんっ」
『なんだい?』
「会いたいっ!!」
優しい声だった。
思い悩む前のような……
私を甘やかす時の傑くんの声に、私の我慢していた涙腺が崩壊する。
「やっと呼んでくれた」
ふわりと後ろから抱き締められた温もりと匂いは私の大好きな人のもの。
「もっと早くに私を呼ぶと思っていたんだけどねぇ」
「………傑くん?」
「私以外に見えるかい?」
くすり、と笑っている傑くん。
私の涙を拭って困ったように眉を下げる。
「傑くん……私……私ね」
「うん」
「私は私の為に呪術師になったから、自分のことで手一杯なの。
臆病で弱虫な私は非術師を助けられない」
非術師のためには命を掛けられない。
非術師のためには強くなれない。
「終わりのない道を歩むなら……
私が誰かの為に役立てるのなら……
私は傑くんの為に生きたい」
自分のことばかり考えていた私が、誰かの為に力を使うならば……それは傑くんの為でありたい。
「傑くんや皆に追い付きたかった……
今も皆に追い付けていないし、弱い私だけど
誰かの為にこの命を掛けるならーーその一度は、傑くんの為に使いたい」
きっと、本来ならば傑くんにもっと違う言葉を送るべきなのだろう。
力ある呪術師が力無き非術師を守るべく私達はここにいる。
人を殺すなんて間違えているとーーー。
私達は子供だ。
大人に踏み出した、子供。
ただ、大人より力を持ってしまったがために……成長せざるをえなかった子供。
心を痛めて
心を押し殺せるほど
私達は大人ではないんだ。
「一緒に連れていってよ、傑くん」
貴方が好きなんだ。
狂おしい程、愛している。
「私……傑くんがいないと、駄目みたい」
「………馬鹿だね、名前は。
今なら逃がしてあげられるのに」
「嘘つき。
最初から私が追い掛けるってわかってたくせに」
「……少しだけ、逃がしてあげようと思ってたんだよ。
だから迎えに行かなかった」
「私、言ったよ。
傑くんが選んだ道を一緒に生きたいって」
「………ありがとう、名前」
手を伸ばして、傑くんの手と重なる。
この道が間違っていることは分かってる。
でもねーー
傑くんを愛したことは間違えていない。
人は愚かだと声高に叫ぶだろう。
人殺しだと罵るだろう。
けどーーけどね
誰よりも弱き人を助けるべきだと信じていた彼の心を引き裂いたのは弱き人なんだよ。
優しい彼の心を壊したのは、力無き人だ。
私は弱いけれど……
誰かの為に、と動くならば初めて愛したこの優しく愚かな人の為に生きたいと思った。
自分の為じゃなく、誰かの為に生きる傑くんだからこそ……私は傑くんの隣に居たいと思った。
一人魔の道へ進む彼はきっと、誰も頼らない。
傑くんを救えると思っていない。
傑くんの支えになれると思っていない。
ただ、私が傑くんがいないと駄目なんだ……。
「好きだよ、傑くん」
「私は愛してるよ」
「………私も、愛してるっ」
重なった唇が悪魔との契約でもーーー
私にとっては最愛の人との契約だ。
たとえ世界から追われることになっても
最期まであなたの隣で生きたい。
脱ぎ捨てた制服はゴミ箱へ棄てた。
大きな硬い手の傑くんと手を繋ぎ、歩き出す。
「………何か羽織るもの買おうか」
「どうして?」
「シャツ白いから透けそう」
「気にしないよ」
「私が気にするんだよ」
くすり、と笑う傑くんに私も笑みが浮かぶ。
まだまだ暑さが残るなか
愛しき人と共に
私は手を繋いで道を外れた。
あとがき
一先ず!!これにて完結です!!
あー、難しかった……。
季節ごとという、大雑把に書いた作品ではありますし……多分季節間違えてね?って突っ込みあるかもしれませんが……捏造ですので。
本誌の脳ミソパカッからの衝撃で
夏油傑を幸せにしようと思いつつ
辛い話しか書けず……どうにかハピエンを迎えたいと悩んで書いた作品です。
解釈違いなどあるかもしれませんが……
傑は優しさで出来ています。
クズ扱いされているし、遊んでそうだけど真面目。見た目不良なのに真面目で優しい紳士とか……雨の日に猫拾う不良やん。しゅきっ
ギャップしゅきっ。
我が家の呪術界女子は物理的にも精神的にも強い子多いので(笑)ちょっと手のかかる弱い子の方が傑には合いそうだな……と思ってます(笑)
傑、面倒見良さそうですやん。
離反までの予定で、0巻やその後の話も追々増やしていこうと思っていますが……
まだ書いてません(笑)
まずは高専時代の小話もちょくちょく増やしたいなぁと思っています。
が、書いてません(笑)
私は!!傑を幸せにしたいんです……っ!!!
って思うと、傑の長編って少ないですよね?
七海や五条さんは多いけど。
メロンパンやサマーオイルと弄られてても
じわじわと傑フィーバー熱がきて
勢いで書いてしまいました。
まだ未定ですが、第二部として
0巻までの傑と幸せイチャイチャ話を
書いていきたいのです。
お付き合いいただきありがとうございました!!
小話も楽しみに待っていていただけたら
めちゃくちゃ嬉しいです。
君と過ごして愛を育んだ。
当たり前に隣にいることが幸せで
嘘つきな君も
意地悪な君も
弱い君も
優しい君も
正義感がある君も
強い君も
愛しくて
哀しかった。
16歳の春、君と出会い
16歳の夏、君に恋をし
16歳の秋、君達と仲間になれ
16歳の冬、君と通じあい
17歳の春、君と笑い
17歳の夏、君は絶望し
17歳の秋、君は悩み
17歳の冬、君は離れようとし
18歳の春、君に手を伸ばし
18歳の夏、君と離反した
君は私を巻き込んだと言ったけど
私は君といられて幸せだった。
たとえ、私の意思と反していても
私は笑って幸せだと答えるよ。
だから
嘘つきな君の隣に
私を置いてください。
「いっくよー」
硝子ちゃんがペンを持ち、傑くんがけしゴムを二人で一斉に五条くんへ投げる。
五条くんの近くで見守っていた私。
五条くんの目の前でペンが止まり、けしゴムが当たる。
「わ……すごい」
「うん、いけるね」
「げ、何今の」
「術式対象の自動選択か?」
五条くんは自身の術式をマニュアルからオートマにしたらしい。
無下限呪術をほぼ出しっぱなししているらしい。
それによって脳への影響を硝子ちゃんが指摘したが、反転術式も回し続け脳への影響を阻止できるらしい。
他にも色々出来ることが増えいるらしく五条くんは"最強"に相応しい強さを身に付けていた。
「傑、ちょっと痩せた?大丈夫か?」
「ただの夏バテさ。大丈夫」
「ソーメン食い過ぎた?」
五条くんに返事を返す傑くん。
夏バテ何かじゃないことをわかっているからこそ、心配になる。
その夏は、とても忙しかった。
昨年頻発した災害の影響もあったせいか
沢山の呪霊が湧いた。
「傑くん……ちゃんと食べてる?」
それぞれが単独で任務に送られる。
以前よりも会える頻度は減ってしまった。
会うたび痩せていく傑くんを見ると胸が苦しくなる。
「食欲が出なくてね」
「呪霊のせい?」
「………」
困ったように眉を下げる傑くん。
術式だから、取り込むことを辞められない。
祓って、取り込むたび傑くんを苦しめる。
特級となった五条くんや傑くんは私達の比ではないほど、忙しい。
その分、傑くんが取り込み、身体への負担にもなる。
私は傑くんにせめてカロリーのある簡易な物を手渡すことしか出来ない。
喉に通りやすい物……と10秒チャージ、蜂蜜、牛乳。
口の中で溶けるような、栄養の高いもの……と思ってチョコやドライフルーツや飴など、持ち運び出来るような物を持ち歩くようになった。
口に運ばないので、お節介かもしれないが無理やりでも口の中に入れると目の前で食べてくれるから少しだけホッとする。
いつ呼び出しがくるかわからない傑くんとの逢瀬の中、私の膝に頭を乗せ、目元を腕で覆いながら休む傑くん。
最近じゃ睡眠も浅く、いつか倒れてしまわないかと心配になる。
代わってあげることの出来ないもどかしさに胸が痛む。
「………寝てた」
「少しは休めた?」
「少しね」
ぼーっとしながら目をパチパチとする傑くん。
今のところ呼び出しは無いからと、目元に手を当てるとその上から傑くんの大きな手が合わさる。
「名前、明日から任務だっけ?」
「うん。簡単な二級討伐」
「………そうか」
「心配?」
「あぁ」
「ちゃんと傑くんの所に帰って来るよ。
だから傑くんも帰って来てね。
途中、倒れないでね」
「そうだね」
少しでも、傑くんの心が穏やかにあればいい。
なのに……世界は彼に優しく無い。
任務から戻ると後輩の一人が亡くなっていた。
傑くんが可愛がっていた……傑くんを慕っていた灰原くん。
「………灰原くんが」
「名前は見ない方がいい」
「……傑くんっ」
表情の無い傑くん。
もう、限界だったんだと思う。
傑くんの心はいつ壊れても不思議じゃなかった。
「名前……
術師というマラソンゲームの果てに何があるんだろうな」
「果て……?」
「私には果てにあるのが仲間の屍の山しか浮かばない」
「………私は!!私は、ちゃんと帰って来るよ!
傑くんの所にっ」
抱き締められた身体が小さく思えた。
この人はこんなに……脆くて、小さかったかと思うくらい傑くんは限界だった。
この時、何が正解だったのか
今でも私には分からない。
その年ーーー2007年9月
一人任務に行った傑くんは帰って来なかった。
「名前、落ち着いて聞いてくれ」
夜蛾先生から聞かされた内容は
その集落の人々100人以上を傑くんは皆殺しにしたという事実。
残穢から傑くんの呪霊操術と断定された。
傑くんは行方不明。
呪術規定に基づき、傑くんは呪詛師として処刑対象となった。
「………」
「名前、何か傑の変わった様子……名前?おいっ」
「名前?ちゃんと呼吸意識しな!!」
目の前が真っ暗になる、とはこのことを言うんだと思う。
視界が真っ暗になり、呼吸が上手く出来ない。
先生の焦った声と硝子ちゃんの名前を呼ぶ声。
私は過呼吸で意識を失い
目覚めた時には医務室にいた。
ーーー置いて行かれた。
その事実に、胸が苦しくなる。
「目ェ覚めたのかよ」
「………五条、くん?」
「気分はどう?」
「硝子、ちゃん……」
真っ暗な月明かりだけの医務室に、二人は居てくれたのにーーー私が一番居て欲しい人はいない。
その事実に涙が込み上げる。
「何も聞いて無いのかよ」
「………なに、が」
「傑から」
「連絡も無い……
任務に行く前も、行ってきます……って言ったから……見送って…」
「五条、目覚めたばかりだから無理させんな」
「傑くん……戻って、来ないの?」
「知るか」
「離れるくらいなら、殺してって言ったのに」
「……お前、何言ってんだよ」
五条くんからピリピリと殺気混じりの気配がする。
けど、そんなことどうでもいい。
夜蛾先生の報告が頭をぐるぐると繰り返される。
私が頑張っても、必死になっても傑くんにとって道ばたの石ころのようにどうでもいい存在だった?私を手離したくないと言ってくれたのは嘘だった?
任務先で何かがあり……傑くんの心が壊れた?と色々なことが頭を巡る。
「お前、傑が離反すること知ってたのかよ」
「知らない……」
「ずっと一緒に居たくせに?」
「五条!!」
硝子ちゃんが私の胸ぐらを掴む五条くんを止めようとする。
何も考えられない。
何も考えたくない。
何も話さない私を見て五条くんが舌打ちをしながら怒って出ていく。
硝子ちゃんがベッドの上に腰掛ける。
「名前、馬鹿なこと考えるなよ」
今は混乱してるだろうから休みな、と硝子ちゃんにシーツを叩かれる。
「………硝子ちゃん」
「まずは休みな」
「………私を、許さないで」
硝子ちゃんにそう伝えると馬鹿、と言われた。
それから数日後、街へ行っていた硝子ちゃんから傑くんと会ったと連絡が来た。
「行くのか」
「………先生」
「会ってどうする」
私が馬鹿な行動をしないように、と
誰かしら一緒に居てくれた。
今は硝子ちゃんも五条くんもいない。
誰もいない教室で私は硝子ちゃんから連絡を受け取った。
これが仕向けられたことなのか、偶然だったのかわからないが……夜蛾先生と向き合う。
「私は、弱いです。術師に向かない。
私は私が生き残るために術師をしてました……
みんなみたいに、非術師の為には戦えない」
私は弱い。
この世界で生きるには、力も無いし心も弱い。
何度も何度も挫けたし、心が折れそうになった。
「呪霊となんか戦いたくないっ
死にたくない……っ!!生きたいから、術師になりましたっ」
だから、私は傑くんや五条くんが羨ましかった。
自分が生きるだけで精一杯の私と違い、誰かを守れる強さがある2人が……。
「術師は非術師を守るためにある……それが正しいのは分かってます」
「ならなぜだ」
「誰かの心を殺してまで……守らなきゃいけないことなんですか?」
「………名前」
「ごめんなさい……私、すごい嫌な子です。
弱いことを理由に……今までの傑くんや五条くんを否定した」
夜蛾先生は難しい顔のまま、私を見つめている。
「けどね、弱いから思うんです……。
なんで私が彼らを守るために命を掛けなきゃいけないんだろう……って。
どんなに頑張っても、少しだけ強くなっても……
私は私が一番可愛いから、誰かの為に命を掛けられない」
だからこそ、私は呪術師に向かないのだろう。
姑息で、怖がりで、臆病な私は
少しだけ力のある非術師のようなもの。
本当の意味で、術師師にはなれない。
人々の為に呪霊と戦いたくない。
人々の為に命を掛けたくない。
人々の為に仲間を苦しませたくない。
人々の為にーー何のため?
「軽蔑していいですよ。
私は……呪術師には向かないみたいです」
「………優しすぎるのも考えものだな」
「先生は責めますか?」
「………私は立場上断罪しなければならない」
「………私、先生の遠回しな優しさ好きでしたよ。
私なんかでも、頑張っていると応援してくれて……
その期待に応えられませんでしたが」
誰かの為に、悩み続け
誰かの為に、呪霊を祓い
誰かの為に、命を掛ける
終わりの見えない道を
ずっと生き続けようというのなら……
「先生………"誰かの為に"生きるなら
私は優しい彼の為に生きたいです」
「………馬鹿者が」
背を向ける先生に謝罪の言葉を一つ。
そのまま私は窓から飛び出し走った。
どこに行けば会えるのかわからない。
もしかしたら会えないかもしれない。
これは、私の一世一代の賭けだ。
都内を走り回る私は自分の身なりなど気にしない。
息が上がり、今どんな姿をしているのかもわからないし、会えるかどうかもわからない。
なのに、必死に新宿の中を走る。
ダメ元で傑くんへ電話をかける。
繋がるわけがないと、今までは連絡しなかったのだが……まさか、繋がった。
『もしもし』
「………え?」
『ん?』
繋がると思って無かったから、思わず間抜けな声を出してしまう。
乱れた呼吸を整えようと、走るのを止めて深呼吸する。
「………傑、くん?」
『そうだよ』
「………何で繋がるの?」
『名前は寂しがり屋だから、いつかかかってくるかな?と思って』
「傑くん……傑くんっ」
『なんだい?』
「会いたいっ!!」
優しい声だった。
思い悩む前のような……
私を甘やかす時の傑くんの声に、私の我慢していた涙腺が崩壊する。
「やっと呼んでくれた」
ふわりと後ろから抱き締められた温もりと匂いは私の大好きな人のもの。
「もっと早くに私を呼ぶと思っていたんだけどねぇ」
「………傑くん?」
「私以外に見えるかい?」
くすり、と笑っている傑くん。
私の涙を拭って困ったように眉を下げる。
「傑くん……私……私ね」
「うん」
「私は私の為に呪術師になったから、自分のことで手一杯なの。
臆病で弱虫な私は非術師を助けられない」
非術師のためには命を掛けられない。
非術師のためには強くなれない。
「終わりのない道を歩むなら……
私が誰かの為に役立てるのなら……
私は傑くんの為に生きたい」
自分のことばかり考えていた私が、誰かの為に力を使うならば……それは傑くんの為でありたい。
「傑くんや皆に追い付きたかった……
今も皆に追い付けていないし、弱い私だけど
誰かの為にこの命を掛けるならーーその一度は、傑くんの為に使いたい」
きっと、本来ならば傑くんにもっと違う言葉を送るべきなのだろう。
力ある呪術師が力無き非術師を守るべく私達はここにいる。
人を殺すなんて間違えているとーーー。
私達は子供だ。
大人に踏み出した、子供。
ただ、大人より力を持ってしまったがために……成長せざるをえなかった子供。
心を痛めて
心を押し殺せるほど
私達は大人ではないんだ。
「一緒に連れていってよ、傑くん」
貴方が好きなんだ。
狂おしい程、愛している。
「私……傑くんがいないと、駄目みたい」
「………馬鹿だね、名前は。
今なら逃がしてあげられるのに」
「嘘つき。
最初から私が追い掛けるってわかってたくせに」
「……少しだけ、逃がしてあげようと思ってたんだよ。
だから迎えに行かなかった」
「私、言ったよ。
傑くんが選んだ道を一緒に生きたいって」
「………ありがとう、名前」
手を伸ばして、傑くんの手と重なる。
この道が間違っていることは分かってる。
でもねーー
傑くんを愛したことは間違えていない。
人は愚かだと声高に叫ぶだろう。
人殺しだと罵るだろう。
けどーーけどね
誰よりも弱き人を助けるべきだと信じていた彼の心を引き裂いたのは弱き人なんだよ。
優しい彼の心を壊したのは、力無き人だ。
私は弱いけれど……
誰かの為に、と動くならば初めて愛したこの優しく愚かな人の為に生きたいと思った。
自分の為じゃなく、誰かの為に生きる傑くんだからこそ……私は傑くんの隣に居たいと思った。
一人魔の道へ進む彼はきっと、誰も頼らない。
傑くんを救えると思っていない。
傑くんの支えになれると思っていない。
ただ、私が傑くんがいないと駄目なんだ……。
「好きだよ、傑くん」
「私は愛してるよ」
「………私も、愛してるっ」
重なった唇が悪魔との契約でもーーー
私にとっては最愛の人との契約だ。
たとえ世界から追われることになっても
最期まであなたの隣で生きたい。
脱ぎ捨てた制服はゴミ箱へ棄てた。
大きな硬い手の傑くんと手を繋ぎ、歩き出す。
「………何か羽織るもの買おうか」
「どうして?」
「シャツ白いから透けそう」
「気にしないよ」
「私が気にするんだよ」
くすり、と笑う傑くんに私も笑みが浮かぶ。
まだまだ暑さが残るなか
愛しき人と共に
私は手を繋いで道を外れた。
あとがき
一先ず!!これにて完結です!!
あー、難しかった……。
季節ごとという、大雑把に書いた作品ではありますし……多分季節間違えてね?って突っ込みあるかもしれませんが……捏造ですので。
本誌の脳ミソパカッからの衝撃で
夏油傑を幸せにしようと思いつつ
辛い話しか書けず……どうにかハピエンを迎えたいと悩んで書いた作品です。
解釈違いなどあるかもしれませんが……
傑は優しさで出来ています。
クズ扱いされているし、遊んでそうだけど真面目。見た目不良なのに真面目で優しい紳士とか……雨の日に猫拾う不良やん。しゅきっ
ギャップしゅきっ。
我が家の呪術界女子は物理的にも精神的にも強い子多いので(笑)ちょっと手のかかる弱い子の方が傑には合いそうだな……と思ってます(笑)
傑、面倒見良さそうですやん。
離反までの予定で、0巻やその後の話も追々増やしていこうと思っていますが……
まだ書いてません(笑)
まずは高専時代の小話もちょくちょく増やしたいなぁと思っています。
が、書いてません(笑)
私は!!傑を幸せにしたいんです……っ!!!
って思うと、傑の長編って少ないですよね?
七海や五条さんは多いけど。
メロンパンやサマーオイルと弄られてても
じわじわと傑フィーバー熱がきて
勢いで書いてしまいました。
まだ未定ですが、第二部として
0巻までの傑と幸せイチャイチャ話を
書いていきたいのです。
お付き合いいただきありがとうございました!!
小話も楽しみに待っていていただけたら
めちゃくちゃ嬉しいです。