その他
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
初めて彼を見たとき
人生の全てを諦めているような
冷たく、悲しい人だと思った。
いつも見かけるとき女性を連れていて
同じ女性だった時は無い。
つまらない、というような
彼の視界には何が映っていて
何が楽しいのだろう、と思うくらい
冷めた目をしていた。
そんな彼が今目の前で
盛大に罵倒され、頬を叩かれていた。
やはり興味の無い、聞いているのか
聞いていないのか……
目の前で叫ぶ女性など視界に映っていていない
というように冷めた目をしている。
怒っていなくなった女性の後を追うわけでもなく
小さなため息をついていた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫そうに見えんのかよ」
興味があった。
何も映さない彼にとって
私はどう映るのか。
こちらを見下ろす彼の瞳は深い黒。
口元には傷跡があり
身長も高いし、女性がほっとかないであろう
男前な人だった。
「あんたが慰めてくれんのか」
「あ、大丈夫そうだね。じゃあ」
「は?」
「頬、引っ掻き傷になってるから
お風呂染みそうだね」
「おい、ここは普通慰めるとこだろ」
「嫌だよ。貴方、色んな女の人取っ替え引っ替えだから私刺されたくない」
「俺のこと知ってんのかよ」
「いや、いつも女の人に叩かれてるか
頬腫れてるか、女の人同じことないから」
「………ストーカーかよ」
「私そこで働いているから
貴方がここら辺で盛大に振られてるの
見えちゃうんだよ。
うちの常連客に人気だよ?貴方」
見事に店の近くで事が起こるので
常連客達も楽しそうにまたやってんなーと
笑って見ている。
「………ちっ」
「いつか店の目の前で刺されないように
気をつけてね」
不機嫌そうに表情を歪める彼を笑う。
子供みたいに拗ねるんだ、と
初めて見る表情が楽しくなった。
大学に行って勉強して
休みの日は定食屋で働いて、
家に帰ればDVDや録画を見て
何気無い毎日を繰り返す。
そんな日々を繰り返すのだと思っていたのに
「よぉ」
「………店長、掛けの人来ちゃいましたね」
「ここのところよく来てんだよ」
「お前がここで働いてるって言ったんだろ」
「お金落としにきてくれて
ありがとうございまーす」
「名前ちゃん、俺らのことそんな目で見てたの!?」
「ひっどい!!」
ゲラゲラ笑いながら盛り上がるお店。
ここに来るおじさん達は陽気な人が多くて
親しみやすいから面白い。
軽いセクハラもしてくるが、あまりに酷い時は本気で怒れば店長が客を出禁にしちゃうくらい
店員を大切にしてくれている。
働きやすく、面白いお店だからこそ
私はここが好きだ。
「おじさん達も私のことそんな目で
見てくるじゃないですか」
「誰だよ、そんなセクハラ親父は」
「けしからんな」
「お前らだろ」
「店長、違うんだ!!
気を付けなきゃ出禁になるもんな」
「すまない、名前ちゃん。
おじさん達お金落とすから許してくれ」
ノリのいい常連客にくすりと笑う。
そんな姿を黙って見てくる彼に
注文を聞けば、旨いやつと返ってくる。
「店長のご飯は何でも美味しいよ」
「なら、安くて旨いやつ」
「ならしょうが焼定食かな」
「じゃあそれで」
お冷やにおしぼりを渡し、他のお客の相手をしつつ、声を掛けられたら対応する。
彼は黙って眺めているだけで
食べ終わったら勘定をし、帰って行くことが増えた。
「いらっしゃい」
「いつもの」
「はーい。最近良く来るね」
「飯が旨いんだよ」
「うん。店長のご飯美味しいでしょ?」
くすり、と笑えば
口元を上げてにやりと笑う人だった。
何の仕事をしているのかわからないが
大金が入ったと喜んでいたと思ったら
ギャンブルで負けたと拗ねて来て
子供のような大人な人。
気付いた時には常連客となっていて
いつものおじさん達とギャンブルの話などを
するようになっていた。
「また兄ちゃん負けたのかよ!!」
「うるせぇ」
「どんだけ才能無いんだよ」
「来ると思ったんだよ」
「大穴狙いすぎなんだよ」
「うるせーな。夢を買ってんだ」
「格好いいこと言ってるけど
全然格好良くないよ?」
「お前今日何時終わり?」
「最後まで」
「ふーん」
「何だ。兄ちゃん名前ちゃんのこと狙ってんのか?」
「おじさん達のアイドルを狙うなんて
店長、こいつ出禁だ出禁」
「狙っちゃ駄目な決まりでもあんのかよ」
「………店長ぉぉおおおお!!!
こいつ出禁!!獣がいる!!
おじさん達の名前ちゃんが喰われる!!」
「お前らうるせーよ」
騒がしい店内に笑う。
仕事後に彼が店の外で待っててくれることが増え
物騒だからと私を送ってくれるようになった。
最初は断っていたが、女が一人歩きするより
確かに心強くはあり、甘えていた。
「いつも送ってくれてありがとう」
「別に」
「今度何か奢るよ。いつものお礼」
「……礼ならこっちがいい」
自然な動作で頬に手を添え、唇に少しかさついた唇が合わさる。
驚きに目を見開けば、獲物を狙うような鋭い熱を含んだ瞳で見上げられる。
「………女慣れしてるって怖いな」
「悪いかよ」
「私、その他大勢の女の一人は嫌だよ」
「俺、今女いねぇけど」
「いるのにこんなことするならひっぱたくよ」
近い距離でジロリと睨めば
くつり、と笑う彼。
「そんなこと言うのお前くらいだ」
「女に困らなさそうだもんね」
「その俺がお前しか見てねぇって言ってんだよ」
「………嘘っぽい」
「は?」
「お兄さん、プロのヒモっぽいから」
「ふざけんな」
頬に添えられた手で頬を摘ままれる。
痛いと腕を叩けば、すぐに離してくれる。
「ねぇ、お兄さん」
「んだよ」
「名前、教えて?私お兄さんの名前知らない」
「………は?あー、言って無かったか」
「うん」
「甚爾だ。禪院甚爾。
苗字は嫌いだから名前で呼べよ」
「甚爾……甚爾くんね。
他の女のところに行かないって
約束してくれるなら、いいよ」
「悪い男に引っ掛かったら親が泣くぜ?」
「それ、自分で言うの?」
くすくす笑えば、にやりと笑って顔を寄せてくる。
「家、入る?」
「誘ってんの?」
「ご自由にどうぞ?
けど、浮気したらちょん切るから」
「………こっわ」
「どこでも種撒くのは許さないから」
「なら、お前だけにやるよ」
距離が近付いて
彼の色んな表情を知った。
子供みたいによく拗ねやすくて
変なところでツボに入ったり
甘えん坊で
引っ付き虫で
寂しがり屋な人。
一匹狼のように見えていたのに
本当は寂しくて
温もりに飢えていた
迷子のような大人。
付き合って
同棲するようになって
ニートのような生活をしていたかと思えば
一度に大金を手に入れて
ぱーっと使うお金使いに
何度も叱りつければ
拗ねた顔をしながら文句を呟き
派手に使うことは減っていった。
まぁ、ギャンブルは辞められず
負けっぱなしで
その度に笑ってやった。
私は大学を卒業し
就職をして、あの定食屋も辞めてしまった。
「なぁ」
「なぁに?甚爾くん」
「籍入れようぜ」
「………は?」
ご飯を食べていたら
突然言い出した彼に箸が止まる。
「何だよ」
「……甚爾くん、結婚なんて考えてたの?」
「俺のこと何だと思ってんだよ」
「プロのヒモ」
「おまっ!!何年そのネタ使う気だよ!!」
「むしろ甚爾くん、何で私と結婚したいの?」
お世辞にも私は綺麗じゃないし
彼と釣り合う外見をしていない。
お金を持っているわけでもなく
平凡な暮らしをしているのに。
「………お前がいいんだよ」
「何で?」
「家族なんてクソで、女なんて抱ければいい。
人として認められず
人として生きられないなら
自由にいた方が楽しいと思って生きてきた」
何を思い出しているのか
彼は過去について何も語ったことがなかった。
私も聞いたことは無かったが
あまり家のことが好きじゃなかったらしいことはわかる。
「けど、お前となら家族になっていいって
思えたんだよ」
「………その言い方、照れる」
「お前こそ俺でいいのかよ?
プロのヒモだぞ」
「自分で言うんだ」
くすくす笑えば、明らかに拗ねた彼。
笑って彼を見つめる。
「私、甚爾くんが好きだよ」
「おう」
「お金使い荒くて、ギャンブルに負けて
子供みたいにすぐ拗ねたり
基本クズみたいな人間だけど」
「おい」
「私に引っ付いて、甘えて
甘やかせば嬉しそうに笑う甚爾くんが好き。
そんな姿を私だけに見せてくれるのが
凄く嬉しいんだ」
「………悪いかよ」
「甚爾くん、結婚しよ」
確かに幸せだった。
平凡な毎日の中
彼と一緒に居られる毎日は心地よくて
幸せだったんだ。
「………甚爾くん」
「なんだよ」
「子供できた」
「………まじか」
「まじだよ」
検査薬を二人で見て
甚爾くんに抱き締められて
嬉し泣きした。
日々膨らむお腹を触っては
難しい顔をしていたけど
その瞳の奥に優しさがあった。
子供が産まれた時
初めて抱いた我が子に
甚爾くんが瞳を潤ませていた。
「名前、どうしよう?」
「恵」
「めぐみ?」
「おう」
「いい名前だね」
理由は語らなかったが
甚爾くんが考えた名前に私は反対しなかった。
親子三人で幸せに暮らせると
そう、思っていたんだ。
なのに…
その幸せを壊したのは私だった。
少しの違和感を気のせいだと
見ないふりをしていたら
どんどんと悪化していき
病院に行った時には手遅れだった。
「癌です。
骨の方にまで転移が見られ
放射線治療をしても…」
「……いつまでですか」
「早くて半年かと」
「そう、ですか……」
幼い恵と不器用な甚爾くん。
「病院どうだった?」
「ごめん……ごめんね、甚爾くんっ」
「は?どうした?」
泣き崩れた私を甚爾くんは支えてくれて
まともに話せない私の言葉を
ゆっくり時間をかけて聞いてくれた。
抱き締めてくれる腕が力強くて
悔しそうに
辛そうに表情を歪める甚爾くんに
私は残酷な事を告げる。
早くて半年。
必ず終わりがくることを私は告げた。
私を選んでくれた甚爾くんなのに
私は彼を置いて逝く。
私を幸せにしてくれたのに
私は彼を不幸にしてしまう。
何度謝っても許されない傷を残して……
呆気なく、私は死んでしまった。
最愛の夫と最愛の息子を残して。
どうか、私を許さないで。
だけど、私を忘れないで。
酷い女でごめんね。
甚爾くんが家族になりたいと思ってくれたのに
ずっと一緒に居られなくてごめんね。
私は幸せでした。
あの日、あの時。
興味本位で声を掛けて良かった。
私はきっと、あの日より前からずっと
甚爾くんに恋していたんだ。
冷めた目をした
何にも興味を示さなかった君の瞳に
私が映りたかったんだ。
真っ白な世界で、私は彼を待つ。
ゆったりとした足取りで此方に来た彼。
「よぉ」
「お疲れ様、甚爾くん」
「ずっと待ってたのかよ」
「置いてけぼりだと甚爾くん泣いちゃうでしょ?」
「泣かねーよ」
「私、甚爾くんを置いてっちゃったから
今度は着いていくよ」
「俺のしてきた事わかってんだろ?
行き先は地獄だぜ」
「見てきたよ。
だから、一緒に行かせて」
人を殺す君も
色んな女の人のところに行った君も
息子を置いて行った君も
息子を売り飛ばした君も
全て見てきた。
「甚爾くんは私がいないと駄目だね。
すぐ悪い子になっちゃう」
「はっ、そーだな。
俺お前がいねぇと駄目だったらしい」
「だから、一緒にいるよ。
地獄でも、閻魔様のとこでも」
「どっちにしろ地獄じゃねーか」
ケラケラ笑う甚爾くんの手を握れば
しっかり握り返してくれる。
「今度はちゃんと着いてこいよ」
「もちろん」
罰なら一緒に受けるから
神様がいるなら、お願いします。
来世、彼とまた出会って
今度は最期まで共に……
彼が幸せになれるように。
あとがき
捏造、恵母。
あのパパ黒と結婚した人なら
絶対強い。
パパ黒尻に敷かれてそうだもん。
パパ黒に幸せあれ。
人生の全てを諦めているような
冷たく、悲しい人だと思った。
いつも見かけるとき女性を連れていて
同じ女性だった時は無い。
つまらない、というような
彼の視界には何が映っていて
何が楽しいのだろう、と思うくらい
冷めた目をしていた。
そんな彼が今目の前で
盛大に罵倒され、頬を叩かれていた。
やはり興味の無い、聞いているのか
聞いていないのか……
目の前で叫ぶ女性など視界に映っていていない
というように冷めた目をしている。
怒っていなくなった女性の後を追うわけでもなく
小さなため息をついていた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫そうに見えんのかよ」
興味があった。
何も映さない彼にとって
私はどう映るのか。
こちらを見下ろす彼の瞳は深い黒。
口元には傷跡があり
身長も高いし、女性がほっとかないであろう
男前な人だった。
「あんたが慰めてくれんのか」
「あ、大丈夫そうだね。じゃあ」
「は?」
「頬、引っ掻き傷になってるから
お風呂染みそうだね」
「おい、ここは普通慰めるとこだろ」
「嫌だよ。貴方、色んな女の人取っ替え引っ替えだから私刺されたくない」
「俺のこと知ってんのかよ」
「いや、いつも女の人に叩かれてるか
頬腫れてるか、女の人同じことないから」
「………ストーカーかよ」
「私そこで働いているから
貴方がここら辺で盛大に振られてるの
見えちゃうんだよ。
うちの常連客に人気だよ?貴方」
見事に店の近くで事が起こるので
常連客達も楽しそうにまたやってんなーと
笑って見ている。
「………ちっ」
「いつか店の目の前で刺されないように
気をつけてね」
不機嫌そうに表情を歪める彼を笑う。
子供みたいに拗ねるんだ、と
初めて見る表情が楽しくなった。
大学に行って勉強して
休みの日は定食屋で働いて、
家に帰ればDVDや録画を見て
何気無い毎日を繰り返す。
そんな日々を繰り返すのだと思っていたのに
「よぉ」
「………店長、掛けの人来ちゃいましたね」
「ここのところよく来てんだよ」
「お前がここで働いてるって言ったんだろ」
「お金落としにきてくれて
ありがとうございまーす」
「名前ちゃん、俺らのことそんな目で見てたの!?」
「ひっどい!!」
ゲラゲラ笑いながら盛り上がるお店。
ここに来るおじさん達は陽気な人が多くて
親しみやすいから面白い。
軽いセクハラもしてくるが、あまりに酷い時は本気で怒れば店長が客を出禁にしちゃうくらい
店員を大切にしてくれている。
働きやすく、面白いお店だからこそ
私はここが好きだ。
「おじさん達も私のことそんな目で
見てくるじゃないですか」
「誰だよ、そんなセクハラ親父は」
「けしからんな」
「お前らだろ」
「店長、違うんだ!!
気を付けなきゃ出禁になるもんな」
「すまない、名前ちゃん。
おじさん達お金落とすから許してくれ」
ノリのいい常連客にくすりと笑う。
そんな姿を黙って見てくる彼に
注文を聞けば、旨いやつと返ってくる。
「店長のご飯は何でも美味しいよ」
「なら、安くて旨いやつ」
「ならしょうが焼定食かな」
「じゃあそれで」
お冷やにおしぼりを渡し、他のお客の相手をしつつ、声を掛けられたら対応する。
彼は黙って眺めているだけで
食べ終わったら勘定をし、帰って行くことが増えた。
「いらっしゃい」
「いつもの」
「はーい。最近良く来るね」
「飯が旨いんだよ」
「うん。店長のご飯美味しいでしょ?」
くすり、と笑えば
口元を上げてにやりと笑う人だった。
何の仕事をしているのかわからないが
大金が入ったと喜んでいたと思ったら
ギャンブルで負けたと拗ねて来て
子供のような大人な人。
気付いた時には常連客となっていて
いつものおじさん達とギャンブルの話などを
するようになっていた。
「また兄ちゃん負けたのかよ!!」
「うるせぇ」
「どんだけ才能無いんだよ」
「来ると思ったんだよ」
「大穴狙いすぎなんだよ」
「うるせーな。夢を買ってんだ」
「格好いいこと言ってるけど
全然格好良くないよ?」
「お前今日何時終わり?」
「最後まで」
「ふーん」
「何だ。兄ちゃん名前ちゃんのこと狙ってんのか?」
「おじさん達のアイドルを狙うなんて
店長、こいつ出禁だ出禁」
「狙っちゃ駄目な決まりでもあんのかよ」
「………店長ぉぉおおおお!!!
こいつ出禁!!獣がいる!!
おじさん達の名前ちゃんが喰われる!!」
「お前らうるせーよ」
騒がしい店内に笑う。
仕事後に彼が店の外で待っててくれることが増え
物騒だからと私を送ってくれるようになった。
最初は断っていたが、女が一人歩きするより
確かに心強くはあり、甘えていた。
「いつも送ってくれてありがとう」
「別に」
「今度何か奢るよ。いつものお礼」
「……礼ならこっちがいい」
自然な動作で頬に手を添え、唇に少しかさついた唇が合わさる。
驚きに目を見開けば、獲物を狙うような鋭い熱を含んだ瞳で見上げられる。
「………女慣れしてるって怖いな」
「悪いかよ」
「私、その他大勢の女の一人は嫌だよ」
「俺、今女いねぇけど」
「いるのにこんなことするならひっぱたくよ」
近い距離でジロリと睨めば
くつり、と笑う彼。
「そんなこと言うのお前くらいだ」
「女に困らなさそうだもんね」
「その俺がお前しか見てねぇって言ってんだよ」
「………嘘っぽい」
「は?」
「お兄さん、プロのヒモっぽいから」
「ふざけんな」
頬に添えられた手で頬を摘ままれる。
痛いと腕を叩けば、すぐに離してくれる。
「ねぇ、お兄さん」
「んだよ」
「名前、教えて?私お兄さんの名前知らない」
「………は?あー、言って無かったか」
「うん」
「甚爾だ。禪院甚爾。
苗字は嫌いだから名前で呼べよ」
「甚爾……甚爾くんね。
他の女のところに行かないって
約束してくれるなら、いいよ」
「悪い男に引っ掛かったら親が泣くぜ?」
「それ、自分で言うの?」
くすくす笑えば、にやりと笑って顔を寄せてくる。
「家、入る?」
「誘ってんの?」
「ご自由にどうぞ?
けど、浮気したらちょん切るから」
「………こっわ」
「どこでも種撒くのは許さないから」
「なら、お前だけにやるよ」
距離が近付いて
彼の色んな表情を知った。
子供みたいによく拗ねやすくて
変なところでツボに入ったり
甘えん坊で
引っ付き虫で
寂しがり屋な人。
一匹狼のように見えていたのに
本当は寂しくて
温もりに飢えていた
迷子のような大人。
付き合って
同棲するようになって
ニートのような生活をしていたかと思えば
一度に大金を手に入れて
ぱーっと使うお金使いに
何度も叱りつければ
拗ねた顔をしながら文句を呟き
派手に使うことは減っていった。
まぁ、ギャンブルは辞められず
負けっぱなしで
その度に笑ってやった。
私は大学を卒業し
就職をして、あの定食屋も辞めてしまった。
「なぁ」
「なぁに?甚爾くん」
「籍入れようぜ」
「………は?」
ご飯を食べていたら
突然言い出した彼に箸が止まる。
「何だよ」
「……甚爾くん、結婚なんて考えてたの?」
「俺のこと何だと思ってんだよ」
「プロのヒモ」
「おまっ!!何年そのネタ使う気だよ!!」
「むしろ甚爾くん、何で私と結婚したいの?」
お世辞にも私は綺麗じゃないし
彼と釣り合う外見をしていない。
お金を持っているわけでもなく
平凡な暮らしをしているのに。
「………お前がいいんだよ」
「何で?」
「家族なんてクソで、女なんて抱ければいい。
人として認められず
人として生きられないなら
自由にいた方が楽しいと思って生きてきた」
何を思い出しているのか
彼は過去について何も語ったことがなかった。
私も聞いたことは無かったが
あまり家のことが好きじゃなかったらしいことはわかる。
「けど、お前となら家族になっていいって
思えたんだよ」
「………その言い方、照れる」
「お前こそ俺でいいのかよ?
プロのヒモだぞ」
「自分で言うんだ」
くすくす笑えば、明らかに拗ねた彼。
笑って彼を見つめる。
「私、甚爾くんが好きだよ」
「おう」
「お金使い荒くて、ギャンブルに負けて
子供みたいにすぐ拗ねたり
基本クズみたいな人間だけど」
「おい」
「私に引っ付いて、甘えて
甘やかせば嬉しそうに笑う甚爾くんが好き。
そんな姿を私だけに見せてくれるのが
凄く嬉しいんだ」
「………悪いかよ」
「甚爾くん、結婚しよ」
確かに幸せだった。
平凡な毎日の中
彼と一緒に居られる毎日は心地よくて
幸せだったんだ。
「………甚爾くん」
「なんだよ」
「子供できた」
「………まじか」
「まじだよ」
検査薬を二人で見て
甚爾くんに抱き締められて
嬉し泣きした。
日々膨らむお腹を触っては
難しい顔をしていたけど
その瞳の奥に優しさがあった。
子供が産まれた時
初めて抱いた我が子に
甚爾くんが瞳を潤ませていた。
「名前、どうしよう?」
「恵」
「めぐみ?」
「おう」
「いい名前だね」
理由は語らなかったが
甚爾くんが考えた名前に私は反対しなかった。
親子三人で幸せに暮らせると
そう、思っていたんだ。
なのに…
その幸せを壊したのは私だった。
少しの違和感を気のせいだと
見ないふりをしていたら
どんどんと悪化していき
病院に行った時には手遅れだった。
「癌です。
骨の方にまで転移が見られ
放射線治療をしても…」
「……いつまでですか」
「早くて半年かと」
「そう、ですか……」
幼い恵と不器用な甚爾くん。
「病院どうだった?」
「ごめん……ごめんね、甚爾くんっ」
「は?どうした?」
泣き崩れた私を甚爾くんは支えてくれて
まともに話せない私の言葉を
ゆっくり時間をかけて聞いてくれた。
抱き締めてくれる腕が力強くて
悔しそうに
辛そうに表情を歪める甚爾くんに
私は残酷な事を告げる。
早くて半年。
必ず終わりがくることを私は告げた。
私を選んでくれた甚爾くんなのに
私は彼を置いて逝く。
私を幸せにしてくれたのに
私は彼を不幸にしてしまう。
何度謝っても許されない傷を残して……
呆気なく、私は死んでしまった。
最愛の夫と最愛の息子を残して。
どうか、私を許さないで。
だけど、私を忘れないで。
酷い女でごめんね。
甚爾くんが家族になりたいと思ってくれたのに
ずっと一緒に居られなくてごめんね。
私は幸せでした。
あの日、あの時。
興味本位で声を掛けて良かった。
私はきっと、あの日より前からずっと
甚爾くんに恋していたんだ。
冷めた目をした
何にも興味を示さなかった君の瞳に
私が映りたかったんだ。
真っ白な世界で、私は彼を待つ。
ゆったりとした足取りで此方に来た彼。
「よぉ」
「お疲れ様、甚爾くん」
「ずっと待ってたのかよ」
「置いてけぼりだと甚爾くん泣いちゃうでしょ?」
「泣かねーよ」
「私、甚爾くんを置いてっちゃったから
今度は着いていくよ」
「俺のしてきた事わかってんだろ?
行き先は地獄だぜ」
「見てきたよ。
だから、一緒に行かせて」
人を殺す君も
色んな女の人のところに行った君も
息子を置いて行った君も
息子を売り飛ばした君も
全て見てきた。
「甚爾くんは私がいないと駄目だね。
すぐ悪い子になっちゃう」
「はっ、そーだな。
俺お前がいねぇと駄目だったらしい」
「だから、一緒にいるよ。
地獄でも、閻魔様のとこでも」
「どっちにしろ地獄じゃねーか」
ケラケラ笑う甚爾くんの手を握れば
しっかり握り返してくれる。
「今度はちゃんと着いてこいよ」
「もちろん」
罰なら一緒に受けるから
神様がいるなら、お願いします。
来世、彼とまた出会って
今度は最期まで共に……
彼が幸せになれるように。
あとがき
捏造、恵母。
あのパパ黒と結婚した人なら
絶対強い。
パパ黒尻に敷かれてそうだもん。
パパ黒に幸せあれ。