夏油
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どの物語にも最後のページに
結末があるように
私の物語は、早く終わってしまっただけ。
だいたいの物語は主人公が
幸せにめでたしめでたし。
もしかしたら
私は始まってすらいなかったのかもしれない。
だって、私は伝えられなかったのだから。
一人の男に恋をした。
きっかけは覚えていない。
一緒にいるときに
ふとしたときに
その男といるのが好きだと思ったんだ。
心地よくて
楽しくて
ドキドキして
傍にいられるだけで良かった。
告白する勇気の無かった私は
傍にいられるように
胸の中に閉まっておいたのだから。
相手も、私と同じ気持ちなのかな?と
思ったこともあった。
だけど、私も彼も
決定的な一言を言わなかった。
傍にいて
手を繋いで
身を寄せあって
抱き締めて
キスをして
もしも、傍にいられなくなってしまった時が怖かったのかもしれない。
臆病な私は、形ある関係になるのが怖かった。
だから、何も言わないでいてくれた彼に甘え
与えられる温もりに甘え
私は何もしなかったのだから。
「………っ、傑っ」
目の前に広がる光景が信じられない。
目の前に立っている人物が信じられない。
私は今、悪い夢を見ているのだろうか……。
口が渇いて、涙が溢れ、目を反らすことができない。
これが夢ならばどれだけ良かっただろう…
現実だよ、と誰かが囁くように
鼻の奥を刺激する鉄の臭い。
「名前」
同級生は頬に、制服に血を浴びながら
にっこりと笑っていた。
きっかけはきっと
昨年、傑と悟は星漿体の護衛の任務の時から
私も同じ時期に別の任務が入っており
高専に戻って来た時には
全てが終わり、変わっていた。
悟は本当の"最強"と成り
任務も全て一人でこなす。
硝子は反転術式の使い手のため
元々危険な任務で外に出ることはない。
私も悟や傑ほど強いわけではないが
人手の足りない呪術界は
ある程度二級レベルの実力があれば
個別に任務が当てられるため
私も傑も1人になることが増えた。
その夏は忙しかった。
昨年頻繁した災害の影響だったのか
沢山の呪霊が湧いた。
同級生達と会うことも減り
忙しい毎日を過ごしていた。
そんな中
後輩の一人、灰原が任務中に亡くなった。
一緒に行った七海も、大怪我で帰ってきた。
二人の任務は悟が引き継ぎ
難なくこなしたと聞いた。
ズレてしまった歯車は
元に戻らず
どんどんと他の歯車を
狂わせていった
傑との任務だった。
山奥にある、名前もないような集落。
村落内での神隠し、変死。
その原因と思われる呪霊の祓除
呪霊の祓除は簡単に終わった。
この任務に、傑と私の二人が回されるほどのものではなくて、どちらかだけで充分なものだったが……
原因は取り除いたと説明したのに
村の人に事件の原因がいると
連れられて行った先には
木の牢屋に入れられた
幼き2人の少女達。
顔は何度も殴られたのか
痣となり、腫れ上がっている。
2人で寄り添い
震えながら
恐怖の色を宿し
人間を嫌悪している瞳。
「これはなんですか?」
信じられないものを見て
その場に崩れ落ちそうになるのを
必死にこらえて立つが
村の人が何を言っているのか理解できない。
この幼い少女達が何をしたと言うのか
この子達が事件の原因だと疑わない村の人は
少女達の言葉にも
傑の言葉にも耳を貸さない。
傑の指先から小さな呪霊が出る。
"だ…だい 大丈夫…"
少女達はその呪霊を見ていた。
「名前、この子達を頼めるかい?」
「任せて」
「皆さん、一旦外に出ましょうか」
笑顔を貼り付けた傑を
この時止めるべきだったのか
もっと早くに話していれば良かったのか
どのタイミングで
彼に手を伸ばせば良かったのか
私にはわからなかった
「ごめんね……」
近寄るだけで身体を震わせ
小さくし
精一杯威嚇するように
刺すような視線を向けてくる少女達
「少しだけ、柵から離れていてね」
太い木の柵を、手持ちの呪具で
切り裂き取り払う。
ビクビクと震える少女達から少し距離をとり
目線が合うようにしゃがみこむ。
「痛いことは何もしないから」
だから、お願い
「少しの間だけ、あなた達に触れさせて」
身体の痛みも傷も治すことは出来る。
けれど、この子達に染み付いた
人間への恐怖を治すことは出来ない。
「ごめんね……っ」
私が泣いても、この子達が治ることはない。
私が辛くても、この子達の方が辛い。
けど
同じ人間として、私は謝ることしか出来ない。
少女達は、何も言わない。
色素の薄い髪の子が、ゆっくりと手を伸ばし
私の手に触れる。
涙をこぼしながら反転術式を使い
怪我を治していけば
少女達は驚くと共に
こちらを見上げてくる。
「痛いことはもう、誰にもさせないから……
傷を治すことは出来ても
貴女達の痛みを治すことは出来ないの……」
硝子のように、完璧に治すことは出来ないけど
少しでもこの子達の傷が癒えればいい。
2人の少女を治すことに集中していたため
私は外で何が起きているのか
気にもしていなかった。
少女達の傷をある程度治し終えた時
外が嫌に静かなことに気付いた。
かなりの時間を集中していたが
傑が出ていってもう随分時間が経っている。
「おねーさん」
くいくい、と袖をひく女の子。
私に手を伸ばしてくれた色素の薄い子だ。
「さっきのお兄さんは?」
「遅いね……
少し外を見てくるけど、どうする?」
「…………行く」
「私から離れないでね
もう、傷付けさせないから」
少女達の頭を撫でて
安心してもらえるように笑う。
頷いた2人と手を繋ぎ、立ち上がる。
その瞬間、今まで感じなかった
大量の鉄と生臭さに目を見開く。
少女達の怪我の出血の臭いじゃない。
「!?
ごめんね、いきなりだけど
絶対に私から離れないで!!」
少女達の手を離し、扉を蹴り破る。
少女達は驚いていたが
異常な事態に警戒を高める。
違う呪霊でも発生したのか……
何かあったのか……
傑はどうしたのか……
牢屋から出た先は血の海だった。
人だったであろう肉片が散らばり
おびただしい血と肉片で
村の道は染まっていた。
「………っ!!」
何が起きているのか
理解が追い付かない。
少女達に見せるものでは無いと
扉を出ようとする少女達を抱き締める。
「??」「お姉さん?」
「見ちゃ駄目だよ」
私が反転術式に集中している間に
何が起こったのかはわからない。
だが、村の人が殺されているのは確かで……
少女達を離し
出来るだけ外を視界に入れさせないように
扉の中へ誘導する。
少女達が頭を傾げているが
出来るならこの惨状を見て欲しくない。
「すぐる………」
混乱する頭の中
ふと、姿を見せない彼のことが
頭を過った。
人の仕業ではあり得ない肉片は
まるで、呪霊の仕業のようではないか……
嫌な予感に、頭を振る。
だが、彼の残穢から呪霊操術としか思えない。
少女達から離れることも
今すぐ傑を探しに行くことも
どちらも出来ない。
必死に何が正解なのか考えるが
最悪の結果しか考えられない。
「終わったのかい?名前」
ぺちゃり、ぺちゃりと
血の中を歩いてくる音がする。
振り向いた先には
血の海の中を
にこやかに笑っている傑の姿。
「………っ、傑!!」
頬には、誰かの血液が付いていた。
白いシャツには
ところどころに血かはねている。
何より
傑の後ろにいる、傑の呪霊が
人らしきものを握り潰している。
ぐちゃり……という嫌な音と共に
べちゃりと落ちた、肉片。
「名前」
「傑………傑、何でっ」
「私は選んだだけだよ」
何を、と聞けなかった。
彼が何かに悩んでいたのを
知っていたのに
何もしなかったのは私だ。
「名前」
ゆっくりと、歩いてくる傑。
これは、現実なのだろうか……??
悪い夢なら、覚めて欲しかった。
目の前まで来た傑は
最近は見なかった笑みを浮かべている。
ぎゅっ、と抱き締められ
傑の腕の中に収まる私。
ーーー今なら見逃す
呟かれた言葉に
目を見開いた。
「逃げるなら、逃げろ
共にくるなら、来てくれ」
言葉が出てこない。
私は傑を抱き締めることも出来ず
ただ、涙を流す。
傑は、決めたと言った。
そして、私と少女達以外の人を
殺してしまった。
私が傑に手を伸ばすということは
高専を裏切ることに
悟や硝子を敵に回すことになる。
「悟、怒るよ……っ」
「そうだな」
「硝子だって、呆れるよ!!」
「そうだな」
「傑……っ、私はっ」
見上げた傑は、笑っていた。
だけど、どこか寂しそうで……
私が何を言っても、無駄なのだと悟る。
傑の胸元に、額を寄せる
せめて、せめて今だけはーーー
「ごめん……傑っ」
村の人のしたことは許せない。
けど
傑のしたことを許すことは出来ない。
「ごめ……ごめんねっ」
私の言葉も
この手も届かない
傑との思い出が
涙のように、ぽろぽろと零れていく
何もかも、遅すぎた結果
「名前」
ーーーさよならだ
抱き締められた腕の中は温かいのに
心が冷えていく。
傑が私の手に何かを握らせる。
震える手を開き、見えたのは
高専のボタンだった。
その場に崩れ落ちた私を
支えてくれる腕はない。
「くるかい?」
私の後ろにいた少女達は
迷うことなく傑を追いかけた。
私に背を向けて歩きだす背中に
こちらをちらちらと振り返っていたが
少女達は傑に付いていき
三人は暗闇に消えてしまった。
そんな彼らの姿が見えなくなった後
私は大声を上げて泣き叫んだ。
涙が枯れ果て
声が潰れ
誰もいない
血溜まりの中
傑のボタンを握り締めて
気を失い、倒れるまでずっとーーー
目が覚めた時
私は高専の医務室にいた。
真っ白な天井に、点滴の刺さった腕。
ゆっくりと横を向けば
机には携帯とボタン。
枯れたはずの涙が、また溢れてくる。
「名前……?」
私の泣き声で気付いたのか
いつからいたのか、硝子が入ってくる。
「しょ………こ……」
「喉潰れてるんだから、無理すんな」
「す………ぐ、る」
「喋るな」
「さ……よ、な…………し、た」
はらはらと、涙が止まらない。
硝子は一度目を閉じ、私の目を覆う。
任務から5日
戻らない私と傑に
窓の人達が様子を見に来たとき
血溜まりの中に私が倒れていたと。
村の人112名が殺され
それらが全て、呪霊の被害と思われたが
残穢から、傑の呪霊操術だと断定
傑は逃走しており
呪術規定9条に基づき
呪詛師として処刑対象となった。
先生や他の人から
当時の様子を話すように言われたが
喉が潰れた私はしばらく話すことが出来ないと
硝子と学校医が判断し
あの時のことを思い出すと
涙がこぼれ、呼吸が出来なくなる。
情けないことに
ストレスと心労に
心と身体がバランスを取れない。
医務室のベッドから離れられない生活に
涙の止まらない日々。
「名前」
悟が初めて、医務室に訪れた。
大きな身体で、医務室のベッドに腰掛ける。
悟のサングラスに映る私は
たかが数日で痩せ細り
髪も肌もボロボロで
泣きすぎた目は、真っ赤に腫れている。
「傑に会ってきた」
真っ直ぐに見つめてくる悟の空色の瞳。
「術師だけの世界を作るんだと」
あいつ、親も殺したらしいぞ。と
淡々と話す悟。
「……殺せなかった」
視線を外され、呟かれた言葉に涙が出る。
声なく泣くことしか出来ない私。
傍に居てほしかった
傑にさよなら、を告げるために
好きになったわけじゃないのに
こんな結末を知っていたなら
終わりが怖いなら
この恋を始めなければ良かった……
けど、私はきっと
何度も傑に恋をしただろうし
何度も傑を好きになった。
最後に
ごめん、ではなく
さよなら、でもなく
好きだ、と言えば良かったと
後悔のみが残る。
あとがき
AAAの「さよならの前に」をテーマに
傑の悲恋です。
聞いてると、傑しか出てこなくて……
ふと思ったの
傑の幸せなやつ、書けない気がするよ?
頑張っても、明るい未来が見えなくて……
読んでいただき、ありがとうございました!!
結末があるように
私の物語は、早く終わってしまっただけ。
だいたいの物語は主人公が
幸せにめでたしめでたし。
もしかしたら
私は始まってすらいなかったのかもしれない。
だって、私は伝えられなかったのだから。
一人の男に恋をした。
きっかけは覚えていない。
一緒にいるときに
ふとしたときに
その男といるのが好きだと思ったんだ。
心地よくて
楽しくて
ドキドキして
傍にいられるだけで良かった。
告白する勇気の無かった私は
傍にいられるように
胸の中に閉まっておいたのだから。
相手も、私と同じ気持ちなのかな?と
思ったこともあった。
だけど、私も彼も
決定的な一言を言わなかった。
傍にいて
手を繋いで
身を寄せあって
抱き締めて
キスをして
もしも、傍にいられなくなってしまった時が怖かったのかもしれない。
臆病な私は、形ある関係になるのが怖かった。
だから、何も言わないでいてくれた彼に甘え
与えられる温もりに甘え
私は何もしなかったのだから。
「………っ、傑っ」
目の前に広がる光景が信じられない。
目の前に立っている人物が信じられない。
私は今、悪い夢を見ているのだろうか……。
口が渇いて、涙が溢れ、目を反らすことができない。
これが夢ならばどれだけ良かっただろう…
現実だよ、と誰かが囁くように
鼻の奥を刺激する鉄の臭い。
「名前」
同級生は頬に、制服に血を浴びながら
にっこりと笑っていた。
きっかけはきっと
昨年、傑と悟は星漿体の護衛の任務の時から
私も同じ時期に別の任務が入っており
高専に戻って来た時には
全てが終わり、変わっていた。
悟は本当の"最強"と成り
任務も全て一人でこなす。
硝子は反転術式の使い手のため
元々危険な任務で外に出ることはない。
私も悟や傑ほど強いわけではないが
人手の足りない呪術界は
ある程度二級レベルの実力があれば
個別に任務が当てられるため
私も傑も1人になることが増えた。
その夏は忙しかった。
昨年頻繁した災害の影響だったのか
沢山の呪霊が湧いた。
同級生達と会うことも減り
忙しい毎日を過ごしていた。
そんな中
後輩の一人、灰原が任務中に亡くなった。
一緒に行った七海も、大怪我で帰ってきた。
二人の任務は悟が引き継ぎ
難なくこなしたと聞いた。
ズレてしまった歯車は
元に戻らず
どんどんと他の歯車を
狂わせていった
傑との任務だった。
山奥にある、名前もないような集落。
村落内での神隠し、変死。
その原因と思われる呪霊の祓除
呪霊の祓除は簡単に終わった。
この任務に、傑と私の二人が回されるほどのものではなくて、どちらかだけで充分なものだったが……
原因は取り除いたと説明したのに
村の人に事件の原因がいると
連れられて行った先には
木の牢屋に入れられた
幼き2人の少女達。
顔は何度も殴られたのか
痣となり、腫れ上がっている。
2人で寄り添い
震えながら
恐怖の色を宿し
人間を嫌悪している瞳。
「これはなんですか?」
信じられないものを見て
その場に崩れ落ちそうになるのを
必死にこらえて立つが
村の人が何を言っているのか理解できない。
この幼い少女達が何をしたと言うのか
この子達が事件の原因だと疑わない村の人は
少女達の言葉にも
傑の言葉にも耳を貸さない。
傑の指先から小さな呪霊が出る。
"だ…だい 大丈夫…"
少女達はその呪霊を見ていた。
「名前、この子達を頼めるかい?」
「任せて」
「皆さん、一旦外に出ましょうか」
笑顔を貼り付けた傑を
この時止めるべきだったのか
もっと早くに話していれば良かったのか
どのタイミングで
彼に手を伸ばせば良かったのか
私にはわからなかった
「ごめんね……」
近寄るだけで身体を震わせ
小さくし
精一杯威嚇するように
刺すような視線を向けてくる少女達
「少しだけ、柵から離れていてね」
太い木の柵を、手持ちの呪具で
切り裂き取り払う。
ビクビクと震える少女達から少し距離をとり
目線が合うようにしゃがみこむ。
「痛いことは何もしないから」
だから、お願い
「少しの間だけ、あなた達に触れさせて」
身体の痛みも傷も治すことは出来る。
けれど、この子達に染み付いた
人間への恐怖を治すことは出来ない。
「ごめんね……っ」
私が泣いても、この子達が治ることはない。
私が辛くても、この子達の方が辛い。
けど
同じ人間として、私は謝ることしか出来ない。
少女達は、何も言わない。
色素の薄い髪の子が、ゆっくりと手を伸ばし
私の手に触れる。
涙をこぼしながら反転術式を使い
怪我を治していけば
少女達は驚くと共に
こちらを見上げてくる。
「痛いことはもう、誰にもさせないから……
傷を治すことは出来ても
貴女達の痛みを治すことは出来ないの……」
硝子のように、完璧に治すことは出来ないけど
少しでもこの子達の傷が癒えればいい。
2人の少女を治すことに集中していたため
私は外で何が起きているのか
気にもしていなかった。
少女達の傷をある程度治し終えた時
外が嫌に静かなことに気付いた。
かなりの時間を集中していたが
傑が出ていってもう随分時間が経っている。
「おねーさん」
くいくい、と袖をひく女の子。
私に手を伸ばしてくれた色素の薄い子だ。
「さっきのお兄さんは?」
「遅いね……
少し外を見てくるけど、どうする?」
「…………行く」
「私から離れないでね
もう、傷付けさせないから」
少女達の頭を撫でて
安心してもらえるように笑う。
頷いた2人と手を繋ぎ、立ち上がる。
その瞬間、今まで感じなかった
大量の鉄と生臭さに目を見開く。
少女達の怪我の出血の臭いじゃない。
「!?
ごめんね、いきなりだけど
絶対に私から離れないで!!」
少女達の手を離し、扉を蹴り破る。
少女達は驚いていたが
異常な事態に警戒を高める。
違う呪霊でも発生したのか……
何かあったのか……
傑はどうしたのか……
牢屋から出た先は血の海だった。
人だったであろう肉片が散らばり
おびただしい血と肉片で
村の道は染まっていた。
「………っ!!」
何が起きているのか
理解が追い付かない。
少女達に見せるものでは無いと
扉を出ようとする少女達を抱き締める。
「??」「お姉さん?」
「見ちゃ駄目だよ」
私が反転術式に集中している間に
何が起こったのかはわからない。
だが、村の人が殺されているのは確かで……
少女達を離し
出来るだけ外を視界に入れさせないように
扉の中へ誘導する。
少女達が頭を傾げているが
出来るならこの惨状を見て欲しくない。
「すぐる………」
混乱する頭の中
ふと、姿を見せない彼のことが
頭を過った。
人の仕業ではあり得ない肉片は
まるで、呪霊の仕業のようではないか……
嫌な予感に、頭を振る。
だが、彼の残穢から呪霊操術としか思えない。
少女達から離れることも
今すぐ傑を探しに行くことも
どちらも出来ない。
必死に何が正解なのか考えるが
最悪の結果しか考えられない。
「終わったのかい?名前」
ぺちゃり、ぺちゃりと
血の中を歩いてくる音がする。
振り向いた先には
血の海の中を
にこやかに笑っている傑の姿。
「………っ、傑!!」
頬には、誰かの血液が付いていた。
白いシャツには
ところどころに血かはねている。
何より
傑の後ろにいる、傑の呪霊が
人らしきものを握り潰している。
ぐちゃり……という嫌な音と共に
べちゃりと落ちた、肉片。
「名前」
「傑………傑、何でっ」
「私は選んだだけだよ」
何を、と聞けなかった。
彼が何かに悩んでいたのを
知っていたのに
何もしなかったのは私だ。
「名前」
ゆっくりと、歩いてくる傑。
これは、現実なのだろうか……??
悪い夢なら、覚めて欲しかった。
目の前まで来た傑は
最近は見なかった笑みを浮かべている。
ぎゅっ、と抱き締められ
傑の腕の中に収まる私。
ーーー今なら見逃す
呟かれた言葉に
目を見開いた。
「逃げるなら、逃げろ
共にくるなら、来てくれ」
言葉が出てこない。
私は傑を抱き締めることも出来ず
ただ、涙を流す。
傑は、決めたと言った。
そして、私と少女達以外の人を
殺してしまった。
私が傑に手を伸ばすということは
高専を裏切ることに
悟や硝子を敵に回すことになる。
「悟、怒るよ……っ」
「そうだな」
「硝子だって、呆れるよ!!」
「そうだな」
「傑……っ、私はっ」
見上げた傑は、笑っていた。
だけど、どこか寂しそうで……
私が何を言っても、無駄なのだと悟る。
傑の胸元に、額を寄せる
せめて、せめて今だけはーーー
「ごめん……傑っ」
村の人のしたことは許せない。
けど
傑のしたことを許すことは出来ない。
「ごめ……ごめんねっ」
私の言葉も
この手も届かない
傑との思い出が
涙のように、ぽろぽろと零れていく
何もかも、遅すぎた結果
「名前」
ーーーさよならだ
抱き締められた腕の中は温かいのに
心が冷えていく。
傑が私の手に何かを握らせる。
震える手を開き、見えたのは
高専のボタンだった。
その場に崩れ落ちた私を
支えてくれる腕はない。
「くるかい?」
私の後ろにいた少女達は
迷うことなく傑を追いかけた。
私に背を向けて歩きだす背中に
こちらをちらちらと振り返っていたが
少女達は傑に付いていき
三人は暗闇に消えてしまった。
そんな彼らの姿が見えなくなった後
私は大声を上げて泣き叫んだ。
涙が枯れ果て
声が潰れ
誰もいない
血溜まりの中
傑のボタンを握り締めて
気を失い、倒れるまでずっとーーー
目が覚めた時
私は高専の医務室にいた。
真っ白な天井に、点滴の刺さった腕。
ゆっくりと横を向けば
机には携帯とボタン。
枯れたはずの涙が、また溢れてくる。
「名前……?」
私の泣き声で気付いたのか
いつからいたのか、硝子が入ってくる。
「しょ………こ……」
「喉潰れてるんだから、無理すんな」
「す………ぐ、る」
「喋るな」
「さ……よ、な…………し、た」
はらはらと、涙が止まらない。
硝子は一度目を閉じ、私の目を覆う。
任務から5日
戻らない私と傑に
窓の人達が様子を見に来たとき
血溜まりの中に私が倒れていたと。
村の人112名が殺され
それらが全て、呪霊の被害と思われたが
残穢から、傑の呪霊操術だと断定
傑は逃走しており
呪術規定9条に基づき
呪詛師として処刑対象となった。
先生や他の人から
当時の様子を話すように言われたが
喉が潰れた私はしばらく話すことが出来ないと
硝子と学校医が判断し
あの時のことを思い出すと
涙がこぼれ、呼吸が出来なくなる。
情けないことに
ストレスと心労に
心と身体がバランスを取れない。
医務室のベッドから離れられない生活に
涙の止まらない日々。
「名前」
悟が初めて、医務室に訪れた。
大きな身体で、医務室のベッドに腰掛ける。
悟のサングラスに映る私は
たかが数日で痩せ細り
髪も肌もボロボロで
泣きすぎた目は、真っ赤に腫れている。
「傑に会ってきた」
真っ直ぐに見つめてくる悟の空色の瞳。
「術師だけの世界を作るんだと」
あいつ、親も殺したらしいぞ。と
淡々と話す悟。
「……殺せなかった」
視線を外され、呟かれた言葉に涙が出る。
声なく泣くことしか出来ない私。
傍に居てほしかった
傑にさよなら、を告げるために
好きになったわけじゃないのに
こんな結末を知っていたなら
終わりが怖いなら
この恋を始めなければ良かった……
けど、私はきっと
何度も傑に恋をしただろうし
何度も傑を好きになった。
最後に
ごめん、ではなく
さよなら、でもなく
好きだ、と言えば良かったと
後悔のみが残る。
あとがき
AAAの「さよならの前に」をテーマに
傑の悲恋です。
聞いてると、傑しか出てこなくて……
ふと思ったの
傑の幸せなやつ、書けない気がするよ?
頑張っても、明るい未来が見えなくて……
読んでいただき、ありがとうございました!!