このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

お年玉

「戸部先生、おはようございます」

「……ああ、おはよう」

「新年あけましておめでとうございます」

「おめでとう」

「今年もどうぞよろしくお願い致します」

「うむ」

「深酒は控えませんと、お体に障りますよ」

「いや、大家さんに飲めと言われれば付き合うしかないと……」

「先日も家の戸をたたっ斬ったばかりですものね」

「……世界はもろくはかないものだな」

「そんな切ない顔しても駄目です。先生、新年の井戸で心身を清めてきてください。朝ごはんにしましょう」

「む……」

「先輩、ご飯の準備できましたよ!」

「金吾もああ言っているので、先生もお支度を」

「先生、雑煮が冷めてしまいますよ」

 追い立てられるように寝床を片付けられ、先日降った雪を踏みしめ井戸へ向かう。
 年々、小姑のようになってきたな。
 戸部新左ヱ門は、囲炉裏端にいる弟子たちの姿を見てそう肩を落とした。



「そういえば」

 ひとしきり朝の食事を済ませて、湯をすすっていた戸部新左ヱ門は、弟子たちに向けて包みを手渡す。

「冬のボーナスが思ったよりも出てな。実入りが良かったのでこれを用意したのだが」

「私たちにですか? なんでしょう?」

「お年玉だ」

「「お年玉!?」」

「……そ、それほど驚かなくても良かろうに」

「と、戸部先生、大家さんへの修理代は大丈夫なんですか!?」

「わたくしどものことは、どうかお気になさらず!」

「お前たちは私のことをなんだと思っている。一応、私も学校の先生なのだが……」

「ご、ごめんなさい、先生」

「ありがたく頂戴いたします」

「わー、でも嬉しいです。鎌倉の実家でもお正月には父にお年玉をもらいました!」

 金吾の実家は相模は鎌倉の武家屋敷だった。武家では『お年玉』として刀や武具を下賜する事もある。
 一家の当主は、年を越す際に年神を迎える準備に忙しい。

「一家の家長にしか年神はこないから、その家長から『お年玉』という形で家族や家臣に福が分け与えられるんだよ。金品や食べ物、お酒や武器、馬や文房具。下肢されるものには、年神様の力が宿っていると言われている」

「じゃあ、僕は、年神様の福をいただいているんですね」

「そういう事だね」

「二人とも、大切なことに使いなさい」

「はい!」




「僕はこれ、いざという時の戸部先生の旅籠代にします」

「おんなじこと考えてた」

「やっぱりですか?」

 腹が減っては戦はできぬ。


.