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お礼


福餅


 冬休みになったので、実家の遠い僕は、戸部新左ヱ門先生について寮を離れた。
 さすがに鎌倉までは帰れない。
 実家のない先輩も、僕と共に戸部先生について来ていた。
 同門といっても、弟子は二人だけなので、慎ましく借家で年を越す予定だった。

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした」

「洗い物は僕がしますね」

「あ、いいよ。今日は私がやっておく。済ませることもあるから」

「すませること?」

 戸部先生は、大家さんのお家で忘年会で今夜は帰らない。
 普段から何かあれば家をぶっ壊す師は、家を貸してくれる大家さんには頭が上がらない。
 もし叱られたら、荒れ寺で年越しになってしまう。
 打ち捨てられた卒塔婆や無縁仏の墓の隣で眠る羽目になる。夏ならば耐えられるが、冬の寒さで戸がない荒れ寺に住み着くのは、ちょっと……いやすごく嫌だ。

「先輩、何をされるんですか?」

「冬休みのはじめに大家さんにいただいたんだけど、機会がなくて」

「えっと、それはお米?」

「もち米だよ」

「もち米!」

「明日は餅つきをしようと思って。だから、お米を浸しておかないと」

「餅つきですか? 僕は今年はてっきり、お餅は買ってくるものと思っていました」

「それも考えたんだけどね、せっかくいただいたので」

「でも明日は二十九日ですよ。『二重苦』で、忌み日なのでは?」

 苦をつく。二重九となる。
 そんな忌み日だった。
 少なくとも、鎌倉の実家では二十九日には餅をつかない。
 首をかしげる僕に、先輩は笑った。

「福餅、だよ」

「福餅?」

「そう。二十九日についた餅は、二九ふく餅といわれるんだよ。お寺では、あえてこの日に餅をつくところもある」

「ああ、なるほど。そういう言い方もできるんですね」

「それに、人手の都合もあって。先日は先生がお腹を壊してしまったし、今日は今日で、病み上がりに忘年会だし……」

 戸部先生、大丈夫だろうか。
 先輩も、眉をひそめる。

「餅は陣中食だからな、作っておいた方が良いんだ。先生がお腹すいた時のためにも」

「あ、そうか、確かにそうですね」

「そう。お餅はエネルギーに変えやすいし腹持ちするから、合戦の兵に一人一人に兵糧として持たせる武将もいるんだよ」

「そういわれると、搗いておいた方が良い気がしてきました。……でも、僕と先輩だけではちょっと大変になりますね。実家の方では、家族総出で餅つきをしましたし」

 元来、餅つきには人手がいる。臼と杵は大家さんが貸してくれるだろうけれど、そもそも餅つきは社会行事だ。
 頑張らなくちゃ、と思っていると意外にも先輩は首を振った。

「でも、一人来てくれるっていうから」

「え……」

 近くにいるのは、きり丸と庄左ヱ門だ。
 他の上級生の家は良く知らない。
 先輩のことだから、交流がある上級生が近くにいるのかもしれないが、この年の瀬の押し迫っている時期に、わざわざ来てくれるなんて、よほど仲の良い人なのだろうか。

「そんな顔しないの。金吾が良く知ってる人だよ。というか、金吾に会いに来るんだよ」

「え、僕に? どなたですか?」

「小平太」

「え、七松先輩? あの方の地元はこのあたりではないのでは?」

「年末の実家仕事はぜーんぶ済ませてくるって言ってた。もともと、金吾に会いに来るって言われてたから、この際、こき使おうと思って」

「そ、それは、はるばる来てくれるのに申し訳ないです」

「はるばると言っても、忍びの足に距離は関係ない。もともと小平太は縮地の使い手だしね」

「確かに、あの方に山とか関係ないですからね……」




「よーっし、張り切って餅つきするぞっ!」

「小平太、臼を振り回すなっ」

「せ、せめて振り回すなら杵でお願いします!」






※福餅をつく寺は、全国に何件かあるようです。
『災い転じて福となす』を地で行く信念が、寺ーって感じです。

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