桜花歳時記
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風の谷より
「ぼく、風魔忍者嫌いだったんです」
皆本金吾はそう告げた。
いつものように、道場で稽古を終えた後である。
「まあ、坂東相模で風魔の悪名は高いからな…」
「ええ。相模では、おかしな噂がたくさんあって――…、神通力で人を惑わせるとか、捕まったら最後、骨まで食べられるって…」
「そうか」
「旅の途中であった山伏や船頭さんにも、おかしな噂をたくさん聞きました」
「天狗が化けてるとか、馬も殴り殺すとか、娘を攫うとか…」
「はい。足柄峠を越えるときには、もう、びくびくしてました。おまけに夜叉が出ると言う噂もあったので」
「そ、それはともかく! 問題は風魔だな、風魔! そんな事を言っていると、喜三太が泣くぞ」
「あ、はい。そうなんですよ、学園に入学して同室者の喜三太が風魔忍者だって聞いた時には本当にどうしようかと…!」
遥は頷いて、道場の神棚を見上げた。
「そうだな…風魔忍者は我々が習う忍法とはまた違うかもしれない。そもそもが戦闘集団だからな」
「そもそも…?」
「むかしむかし、甲賀の開祖が風魔の開祖を裏切った」
彼女は道場の神棚を見上げる。
札は二枚。『鹿島大明神』『香取大明神』とある。『鹿島大明神』、つまり、武甕鎚命だ。
雷神にして武神。
地震鎮めの神であり、坂東平定の神でもある。
「風魔の歴史は平安時代にさかのぼる」
「平安時代?」
「平安時代、坂東」
そう言うと、鎌倉出身の金吾はすぐにピンときたらしい。
「――将門の乱」
「そう。朝廷から虐げられ、または脅威とみなされ、東へ逃げてきていたまつろわぬ民が彼を指示した。そこに風魔の開祖もいた。その時、大和朝廷に味方をして将門を鎮圧し、坂東平定に貢献したというのが、甲賀の開祖だ。
荒れた、馬と鉄しかない土地。
そこに、彼らは集った。
「風魔の開祖は高い製鉄技術と馬術をもって勇敢に戦ったらしい」
こくん、と金吾は頷く。
秩父以北は馬と鉄の産地だ。
「そんなことが」
「敗戦し落ち延びて、一族を西と東に分けた彼らは、やがて坂東に根を張った。風間谷や紫峰筑波が風魔の勢力圏なのはこれのせいだ。
他にも、筑波に逃げた平滝夜叉姫という娘につき従っていたとか、そんな伝説もある」
「滝夜叉姫…普段お世話になっている身でこんなことをいうのはなんですが――…くどそうな姫ですね…」
「うん、これが実にくどい姫だ。…まあ、それはさておき」
やがて多くの忍の里がそうであるように、山岳信仰に強く結びついた彼らは、坂東一帯に深く根を張っていく。
「――まあ、伝説だよ。もう遠い昔のおとぎ話だ」
木刀を片づけながら金吾は話を聞いている。
それからふと「ん?」と声をあげた。
「あれ、じゃあ、その民の西に別れたというもう片方はいま――」
「よう、金吾」
「あ、しんべ、え――――――っ!!!?」
「鉢屋」
「こんにちは、センパイ。稽古中に失礼します。学園長がお呼びです」
「そうか、わかった」
「あ、では遥先輩、あとはぼくが片づけておきます」
「うん、ありがとう、金吾」
「なあ皆本金吾。もしかして…、お前、喜三太が恐ろしいのか?」
「え?」
鉢屋三郎を見上げて、金吾は首をかしげた。
「喜三太は親友ですよ?」
そう屈託なく笑った金吾に、「案外図太いな」と苦笑した。
聞いた話では、皆本金吾は敵討ちの旅をして諸国を渡り歩いてきたらしい。
多少なりとも、風魔の悪行を見て来ているはずだった。
「悪いな、金吾。センパイ借りてくぞ」
はいどうぞ、と頭を下げる金吾に苦笑して、顔だけしんべヱの鉢屋三郎はヒラヒラと手を振った。
「ところでセンパイ、坂東でとどろく風魔の悪名、どこまでが本当なんです?」
「どこまでを風魔忍者とするかによりけりだが――…」
なるほど、と鉢屋三郎は頷く。
遠い相模、いや、時の流れに想いをはせた。
「ところで、学園長はなんと?」
「あ、そうでした」
しんべヱの顔でにこりと笑って、三郎は続ける。
「風魔出身の暗殺者に狙われたらしいので、全校あげて『委員会対向風魔出身暗殺者退治大会』を開催しようとおっしゃっていました」
「そういうことは、早く言え!!!」
2010年7月拍手文(加筆修正あり)
※東は風魔、西に逃げたのは鉢屋という逸話がある。
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