桜花歳時記
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菖蒲
「水鶏も鳴いて、いよいよ五月!五月五日は端午の節句だ!!」
「左門っ、手伝いやがれ!」
神崎左門が青空に向かって両手を広げると、背後から威勢のよい怒号が飛ぶ。
同じクラスで同じ部屋、熱血武闘派用具委員の三年生、富松作兵衛だ。
「少しくらい背伸びしたっていいだろ!」
「そんな暇、あるか!」
「あー、休日の朝っぱらから煩い…」
ぎゃんぎゃん騒ぐ左門と作兵衛を横目に、籠をかついだ三之助は深いため息を落とした。
「作兵衛はな、怒りっぽいんだ!」
「やかましい! 今回おれたちが休日の朝から菖蒲を取って来いって言われたのも、もとはといえば全部お前が…!」
「違うぞ! 厠に行こうとしたら、たまたま前を歩いていた学園長を轢いてしまったんだ!」
「人を轢くなあああっ!!」
「ったく、それでなんでおれまでつき合わなくちゃいけないんだよ…」
「酷いぞ、三之助! ぼくたちは仲良し三人組じゃないか! こーゆーときは一蓮托生っていうか……」
「そうだ! どうせ彼女もいねえ、用事もねえ。勉強もしねえで部屋で筋トレが関の山じゃねえか、付き合え!」
「それは作兵衛だろ…」
「今なんつった、三之助!」
「なんにも言ってません…」
菖蒲を取ってこい。
そう三人に命令した学園長は、きっと今頃朝ごはんの最中だ。
朝ごはん前のすきっ腹を抱えて、三之助は二度目のため息をついた。
「それにしても、なんで菖蒲…」
「古くは中国で五月五日に菖蒲酒を飲む習慣があったそうだ! それが日本に伝わったらしい!」
「うお、どうした左門、賢いぞ…」
三之助がぱちぱちと目をしばたくと、左門はにっこり笑って続ける。
「菖蒲っていうのは剣に形が似ているから、菖蒲と勝負…尚武にかけて、男の子の祭りとして広まったのだという! 日本に広まったのは鎌倉時代の坂東だ。そのためかこの祭りは坂東の方が盛んらしい!」
「おい、なんか悪ぃモン食ったのか?」
「――って、今朝、会計委員会に詰めてたら、遊びに来た遥先輩が言ってた!」
「なんだ、遥先輩の受け売りかよ…」
「でも、坂東の方が盛んなんだな。へー、知んなかった」
「ところで! 菖蒲は一体どこに生えているんだ!」
キョロキョロと辺りを見渡しても、それらしい植物は生えていない。
自他ともに認める体力派とはいえ、忍者の卵の三年生だ。薬草は一通り頭に入っている。
「薬草園にはあったよな…」
「アレはいざという時の為の鎮痛薬だろ」
「あっ!」
「どうした、左門」
「学園長先生は仰った!」
「うん?」
「『菖蒲』を取ってこい、そうすればお仕置きは終わりだと!」
「ああ」
「だったら!」
びしぃっ、と左門は竹林の奥を指差した。
食堂のおばちゃんは一連の話を聞いて、学園長にお茶を出した。
「それで、学園長先生の自慢の御庭の花菖蒲をむしられたんですか…それはそれは…」
「おまけに庭をぐちゃぐちゃに荒らしおって…」
「学園長先生がおっしゃらなかったからでしょう。薬用の菖蒲をとってこいと」
「左門め、余計なところで頓知が利きおるわい…」
ずずーっと、学園長はお茶をすする。
食堂のおばちゃんは学園長の目の前にある濃紫の花を眺めてくすくすと笑った。
「おばちゃん、菖蒲湯は花菖蒲湯でもかまわんものかの?」
「どうでしょう、駄目なんじゃないですか…?」
2013年5月の拍手文
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