桜花歳時記
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桶氷
「うおー、さみぃー!!」
今朝の足柄は晴天だった。
晴れた日ほど、気温が下がる。
松の枝にも重いほどつもった雪が照り返す。
それに増して軒のつららに滴が強く光る。
闇に慣れた目に痛い。
背後にいた同級生の声に、与四郎は頷いた。
「今朝は特にだナー」
「あー」
顔を洗おうと井戸に行くと、先につるべを手にした同級生は眉をしかめた。
「おい! 誰だ、井戸の桶、水入れっぱなしにしたヤツはよ!」
凍っちまって使えねえじゃねーか。
与四郎が見れば、桶いっぱいに氷ができあがっている。逆さにしても振っても取れない。
「おめーじゃねーのか、与四郎!」
「ちげーヨ!」
「んじゃ誰よ、めんどくせー。…うわダメだ、つるべの縄も凍っちまって桶はずせねえ」
「しょーがんねえ、お湯もらってくっからよ」
「おー」
「…ってわけで、お湯くんねーかな」
「何してるんだ、朝っぱらから…」
「いやいや、誰か知んねーけど、長屋の井戸、桶に水入れっぱなしでほっぽりやがってヨー」
あきれ顔で「そう」とだけ言って、遥はクタクタと湯の鳴る鍋を抱えてくる。
「井戸だね」
「あー、わりー。鍋、おらが持つわ」
「いいよ、熱いから。…危ないからそこどいて」
土間の入り口にいた与四郎を押しのけて、彼女は外へでた。
井戸に向かう。
「与四郎たちは、今日の授業はなに?」
「午後から、氷作んだと」
「氷?」
「氷室に作っとくんだヨ。夏に切って町で売んだ」
「ああ、なるほど」
寒の入りだった。
この時期の水はことに清い。
湯煙があがり、つるべの氷はたちまち解けた。
「悪かったナ。これで桶が使えんだヨ」
「よかった」
「おめー、指、あかぎれてんぞ」
「あ…、うん、切れてしまった」
「ほれ、手を出せ」
「なにそれ」
「薬、つけてやんだよ」
「…どうもありがとう」
「いーってことよ」
「…それ、なんの薬」
「ガマ油」
「……」
「……」
「それ」
「せーとくけどこれ先祖伝来の秘薬で怪しいもんじゃねーから」
手を握る口実が欲しかっただけだ。
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