桜花歳時記
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花盆迎
盆地の夏はゆらゆらと気だるい。
川辺にせり出した柳の木陰に逃げ込むと、私は笠を外した。
足を川の流れに浸す。火照った肌に気持ちよい。
白鷺が川面の魚をねらってジッとしているのを眺めていると、背後から「先輩」という声がした。
「あれっ、きり丸」
「こんにちは、このようなところでお会いするなんて、奇遇っすね!」
「うん。今年は暑いな」
「本当に」
傍らを開け放すと、きり丸は会釈してから私と同じように座りこんだ。
にっ、と八重歯を見せて、流れに足と、背負った籠をつっこむ。籠の中は野花のようだった。
飛沫がたって、川面が光る。白鷺が心なしか迷惑そうだ。
「どうしたんだ、こんなところで」
「家のお使いっすよ。大家さんのトコにお中元持ってくんで…」
ひょいっと肩をすくめた。
抱えたひょうたんの中は、お酒のようだった。
「先輩は?」
「私もお使いの帰りだ」
「ああ、お聖霊さんの準備っすね」
私の手荷物を見て、きり丸はただ頷いた。
もう、お盆だ。精霊棚に、素麺や早稲の新酒、魚の干物などを蓮の葉に乗せて飾る。
「そういえば、先輩んとこは菩提は」
「ないんだよな、それが」
「まあ、そうっすよねー。おれんとこも無いです。でも土井先生が棚だけは作ってんすよね。無駄だって言ってんのに、お供え買ってこいって。おれ的には、現世利益だけでけっこうなんすけど」
きり丸はそんな風に肩をすくめた。
土井先生も、縁故は無いと聞いたことがある。
それでも丁寧にお盆を迎えようとするのは、信心深いだけの理由ではないだろう。
戸部先生もそうだから、良く分かる。
「先輩、どうかしました?」
「いや、土井先生は本当にお優しい方だと思って」
「それ、褒め言葉になんないっすよ。忍者に向いてないってことでしょ」
「いいんじゃないのか、あの方は教師だもの」
言った私に、きり丸はただ肩をすくめた。
「きり丸、この魚の干物、いただきものだけど、良ければ棚に飾りなさい」
「え、いいんすか!」
ちゃりーん、と心なしか銭勘定の効果音がする。
まこと逞しい。
「んじゃ、おれの方からはコレ。元手はただっすけどね、半分どうぞ!」
「花?」
籠の中には、桔梗に女郎花、カズラ、野の花だ。
「盆花迎に使うでしょ」
にっ、と笑ったきり丸に、私も口元をあげる。
花を飾って祖霊を迎えるのだ。
「ありがとう、これで花を摘まなくても済む。心太でもどうだ?」
「あざーっす!」
もう一度、ちゃりーん、と銭勘定の音がした気がした。
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