桜花歳時記
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蛍狩り
「日が延びたな」
久しぶりの晴れ間が覗いた今日、私が洗濯物を取り込んでいると、背後から声がかかった。
仙蔵、と名を呼ぶと、彼は心なしか力なく笑う。
艶やかな黒髪が、乱れているのも気にかかった。
「帰ってたんだ、仙蔵」
「ずいぶん夕暮れが長くなった…」
「もうすぐ夏至だからね」
「そうだな、今日は暑かった」
「仙蔵、実習だったんじゃなかったのか? 正直、もう少しかかるかと思っていたのだけれども――」
ぴくり、とこめかみをひきつらせる仙蔵に、私は後ずさる。
やばい。
聞いてはいけないことを聞いたかもしれない。
しかし、今更話題を変えるのも不自然だ!
「ど、どうだった、敵陣の内部調査は」
「そうだな。実に、良い風呂だった!」
「…ふ、風呂?」
「ああ! 丁度、一年は組の生徒と会ってな、裸の付き合いもしてきたぞ!」
胸を張って、から笑いを繰り返す。一年は組の誰と出会ったのか。風呂とはいったい。
意味が分からないけど私は悟った。
ああ。
何かあったのだ。
話したくもない何かがあったのだ。
…これはもう、これ以上何も聞かない方が良い。
絶対そのほうが良い。
「きょ、今日はこれから授業?」
「いや、今日は――」
そう言いかけて、仙蔵はふっと笑う。
「蛍でも見に行こうかと思っている。…心静かに…一人で…反省を込めて…」
「蛍?」
学園の月見亭のほとりにも、この時期になると、ゆらゆらと何かを悼むように飛ぶ蛍が現れる。
青くのびた菖蒲の葉を縫うように渡る、蛍。
でも、今年はまだその光を見ない。
「良いな」
「遥、付き合うか?」
頷いた私に、仙蔵は少しだけ口元を上げた。
「いいのか、一人で見たいんじゃ…」
「お前ならかまわん。どうせいても薬にも毒にもならんからな」
「おいっ」
しばらくぶりに帰ってきて早々、三段落とされる。
まったく失礼な男だ。
「あ、でもちょっと時期が早くないか」
「さて、そうでもなかろう」
「見られるといいね」
「そうだな」
「後輩でも連れて行く?しんべヱとか喜三太とか喜びそう…」
「………」
「ごめん、ごめんね、仙蔵、ごめん」
仙蔵の様子に、どうしてこれほど早く実習から帰ってきたのかを悟って、思わず謝り倒してしまう。
すまん、気が利かなくて。
「いくか」
「うん」
見られると良い。
暗闇でもの言わず身を焦がす蛍が、何を想っているのかなんて、知れない。
でも、会えると良い。
「先輩たち、見てみて、蛍ですよお!」
「すご~い!きれ~!」
「喜三太、しんべヱ、なんでここに…」
「………」
このときばかりは、さすが一年は組だと思った。
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