桜花歳時記
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虎が雨
五月二十八日。
細い雨が降り続いている。
ジメジメとしていて、すっきりしない。
重い空が迫っていた。
私が軒を眺めていると、廊下を曲がってくる一年生がいた。
「あ、先輩、こんにちは…」
「虎若…」
「嫌になっちゃいますね、ずっと雨で。今日も晴れそうにないですし…」
「本当だな。なんだか元気がないんじゃないか。風邪でもひいたのか?」
「いや、風邪とか頭痛とか、そういうのはないんですけど」
「じゃあ、走り回れなくて鬱々してるのか?」
「筋トレ中やりすぎで山田先生に叱られました」
この長雨では、それも無理はない。
同級生たちは、雨の日こそ鍛錬だと豪語して駆け回っているが、一年生では山中も辛いだろう。
「早く梅雨が明けないかなあと思って…。雨だと照星さんに稽古をつけてもらえない…」
「これも、虎が雨かな…」
「え?虎…がなんですって?」
「虎が雨」
「なんですか、それ」
「昔から、今日は必ず雨だといわれているんだ」
「今日…って、何かありましたっけ?」
「五月二十八日は、曽我兄弟が討たれた日だな」
「曽我…?」
曽我兄弟の仇討ちの話だ。
曽我祐成と時致は、いまから四百年前くらいの鎌倉の武士だ。
親の仇を討つために、打ち首を覚悟して臨んだのである。
その後、兄は討死。弟は処罰された。
弟の時致には、虎御前という愛妾がいた。
この曽我兄弟の物語は彼女によって語り継がれ、いまも巫女や遊女によって語られている。
「昔から、この日は虎御前が泣くから雨になる。だから、この雨は「虎が涙」ともいう」
虎若はじっと軒からしたたる雫を眺めた。
「そうか…なんだか、そう思うとこの雨も趣深いですね」
重いばかりの空が、少しだけ見る目が変わった。
「まあ、この時期は梅雨まっただ中だから、そりゃあ高確率で雨も降るんだけどな」
「それを言ってしまったら、元も子もないです」
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