桜花歳時記
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きそいがり
「おお、留三郎!」
前の席に座っていた小平太が、ぶんぶんと手を振った。
食堂でお昼ご飯を食べていたときのことだった。
長次と私が振り返ると、留三郎はカウンターでランチを受け取っている。
「よお、ろ組」
正面に座った留三郎の卵焼きが鮮やかだった。
留三郎はAランチか…。
やっぱり私もAランチにすべきだったか…。
留三郎は「今日はいい天気になったな」と箸をとる。
「ああ! 鍛錬日和だな!」
「ところで留三郎、一人? 伊作はどうしたの?」
いつも仲良しは組が、と私が訪ねると、
「今朝から委員会だってよ」
と苦笑で返ってきた。
「ご飯食べたのかな、保健委員は大変だね」
「たぶん、左近あたりが弁当用意すんだろ。今日は薬草摘みらしいぜ」
「今日のお昼、竹の節にたまった雨水は神水なんだよ」
「ん?」
「今日の午の刻に降る雨を神水っていうんだ。今日は薬日っていう。悪疫よけに、沈香をたまにして薬玉をつったり、薬草をとったりする日なんだよ」
「ああ、そういえば、ここ最近、伊作の奴は忙しそうだったな」
「これから鬱々した病気の流行る季節になるから、保健委員も大変なんじゃない?」
夏の初めの時期。
今から、体調を崩す人が多くなる。
「………かきつばた」
「ん?」
ぽそ、と低くうたう声。
「………かきつばた、衣に摺り付けますらおの、きそい狩りする月は来にけり」
「長次」
「………万葉集だ」
「へえ」
「………鹿の角を狩る日でもある」
鹿の角は解熱剤で滋養強壮剤、と続けて長次は味噌汁をすすった。
「夏になって、山が穏やかになる頃なのかもね」
私の言葉に、留三郎は「なるほどな」とほほ笑んで味噌汁をすすった。
「………でも熊も出る」
「ああ、出るな! 大きいの!」
「………」
「………イノシシも出る」
「出る出る、今年多いぞ!」
「………」
「………川の水も増える」
「昨日の晩、雨降ったからな。危ないよなー」
「………」
留三郎はしゃべらない。私もしゃべらない。長次の呟きには小平太だけが頷いている。
「………鹿に」
長次が次の言葉を言い終える前に、留三郎はおもむろにご飯をガっとかきこむ。
そして、がちゃん、と食器を置いた。
「ごちそーさまっ!おれ、ちょっと用事を思い出した!」
「き、気を付けてね、留三郎」
「………ぐっどらっく」
「あとでなー!」
「おう!」
「心配性だなー、留三郎は!」
「………仲良しでなにより」
「でも伊作って普段も運が良い方じゃないけど、、イベントになると普段の三割増しで不運率が上がる気がしない?」
「それは言えてる!」
「………小平太も山に行くのか?」
「鍛錬に!」
「………小平太も出るか…」
いやそれは年中出る。
だが、そこが一番被害が大きい気がする。
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