桜花歳時記
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九
どどどどどどどど、と唸るような足音が近づいてくる。
そう思ったとたん、ばきばきばきっ、と背後の茂みが薙ぎ倒された。
「あ!先輩、こんにちはーっ!」
「おーっと、はいこんにちは!」
何事もなく通り過ぎようとする左門の襟首を捕まえて、遠心力で私の方を向かせる。
「先輩、いくらぼくでも首根っこ絞められるとちょっと苦しいです!」
「左門どうした迷子か」
「違います!図書室に行くところです!!」
「そうか、うん、ここは運動場だ。それにしても図書室とは似つかわしくないな、どんな風の吹き回しだ?」
「先輩、それどういう意味…まあいいや。課題がどうにも解けないんです」
「課題?」
「密書の隠し場所を解けって言われて、先生にこれを渡されたんですけど」
そういって、左門は文を見せる。
文を広げると、数字が一文字書かれていた。
「『九』…」
「なんのことなのか、さっぱりわかんなくて…それで、潮江先輩を頼ったんですけど、潮江先輩のくれたヒントがまたわけわからなくて」
「どれ?」
そういって、文次郎が書いたというヒントの紙を受け取ると、そこにはこう書かれていた。
「九三九三二 六四七九…」
「もう、ぜんっぜんわかりません」
「うーん…これは…なんと言ったらいいのか…」
「あ、先輩、分かったんですね、ヒント!ヒントください!」
ヒントと言われると、とても困る。
これは、読み方に気が付きさえすれば、なんとも簡単な暗号なのだ。『自分で考えなさい』と二枚の紙を突き返そうとしたが、左門はすっごくキラキラしている目で見てくる。
うう…、押しの強い奴め…。
「うーん、そうだな…ヒント…ヒントか…。小野篁の有名な逸話があるんだけど…」
「はい」
小野篁というのは、平安時代の政治家だ。
とにかく逸話の多い有名人で、その有能さから、閻魔王に請われ地獄の書記官を務めていたという伝説もあるくらいだった。
地獄に通じる井戸が、まだ残っていると聞く。
私は地面に字を書く。
『子子子子子子、子子子子子子』
「こここここ…」
「読めるか、左門」
「読めません」
「これを読めと言われた小野篁は『猫の子、子猫、獅子の子、子獅子』と読んだんだ」
「……………その人、相当ひねくれてる人ですね」
「うん、それは私も否定しないが、とにかく、ひとつの文字にはいろいろな読み方がある。文次郎のヒントも、数字の羅列じゃない。これは文章だよ」
「…いろんな読み方」と、左門は首をひねってもう一度文に向かう。
しばらくジッと紙面と向き合っていた左門は、
「九三九三二…、六四七九……、くさくさにむしなく…」
と、私に顔を見た。
「草々に、虫鳴く!ですね!」
そうガッと拳を握ってから、左門は首をかしげる。
「ちょっと待ってください、そんなところ、学園にたくさんありすぎます!」
「そこでこの課題のこの『九』の文字だが、これはその要領で読めばいいんだよ。一字で」
九。
一字で、九。
「いちじで、きゅう…、いちじ、く…。イチジク!そっか!薬草園だ!草々に虫鳴くイチジク!薬草園!」
「だろうな、密書の隠し場所は、薬草園のイチジクの辺りだ」
「おおおっ! 先輩、ありがとうございましたっ! それじゃ、ぼくはこれで――」
「そっちは反対だっ!!」
方向音痴に方向を示すことは、暗号を解くより難しい。
そして、後輩に厳しいようで結局甘い文次郎。
『九三九三二…』という和歌は、実は松江で最も有名な城主で茶人、松平不昧公のものです。
表具の本で紹介されていました。茶人は本当にオシャレさんですね。
松江の船頭さんの舟歌は一度聞く価値ありです。『だんだん』って言ってくれます。島根弁は可愛いです。だんだん。