桜花歳時記
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越冬
「先輩、こんにちは」
「池田三郎次」
食堂の裏手を通りかかると、そんなふうに声をかけられた。
「あれ、今日は食堂当番?」
「はい。それでうどんに入れる…」
鋤を片手に、彼は雪をかいている。
「葱を取り出そうかと思って」
冬場、野菜の採れない時期のために、秋の最後に葱や大根を土がついたまま土の中に保存してある。
越冬させた野菜は、あまくて美味しいのだ。
雪をかくと、筵が出てきた。
「葱、葱…っと。あれ、これなんだろう?」
三郎次は、筵からでているふわふわの根をつかむ。
力を入れて取り出そうとするが、うまくいかないようだった。
「どうした?」
「いえ、可笑しいな。なんだか手応えが重くて…」
「手伝おう。一緒に引っ張るよ」
「いっ、いいですよ、別に!」
「なに遠慮してるんだ」
一緒に引き抜こうと、彼の持っているふわふわの根っこに手をかける。
「せーの」
思い切って引き抜くと、
「ぎゃあー!」
と、鳴いた。
池田三郎次が。
「三郎次、だいじょうぶ?」
「………っ」
「時友四郎兵衛」
雪の下から、時友四郎兵衛が収穫できた。
私が収穫物に声をかける前に、三郎次が跳ね起きる。
「四郎兵衛ええええっ、おまえ、なにしてんだよーっ!」
激昂する同級生に襟首をつかまれた四郎兵衛の方は、なんでもないように泥と雪にまみれた頬をゆるめた。
「あや、ここ食堂の裏だね」
「四郎兵衛、何故ここに埋まってたんだ」
「えへ、雪かきしてたら塹壕堀りになってしまって、塹壕掘っているうちにいつの間にか、あそこに出てしまったみたいです」
「な、なるほど…」
「マンドラゴラか、おまえは!」
「あ、知ってるよ。引っこ抜くときに悲鳴を上げるっていう南蛮の植物だよね。『掘り出すときに叫ぶ』って変な話だなって思ってたけど、こういうことだったのかー、納得」
「いや逆だ、逆!」
「根っこが叫ぶんだよ!」
納得した表情の四郎兵衛、それにつっこむ三郎次と私。
きょとんとしている四郎兵衛の雪を払った。
雪の中で塹壕堀りって、どこまで元気なんだ。
「あーあーこんなに冷たくなって…」
「でも外より土の中の方が暖かいですよ」
この子、そのうち冬眠とかし出すのでは。
口に出すことはしなかったが、傍らの池田三郎次も同じように頬をひきつらせている。
「あーもーしょうがないヤツだな。ほら、食堂でお茶でも飲んでけよ」
「わーい」
「せ、せんぱいは」
「先輩もいかがですかー?」
「うん、じゃあご一緒しようかな」
「………」
「どうしたの、三郎次」
「四郎兵衛、おまえはいつもそうだよなあ。そうやって人懐っこくてさ…」
「あれ、先輩のこと誘っちゃ悪かった?」
「そんなこと言ってない!」
だんだん人間離れしていく四郎兵衛。寒いのは嫌いだから土の中にいたい。
余談ですが、野菜の中で一番寒さに強いのは牛蒡です。
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