桜花歳時記
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煤払い
十二月十三日。
黎明とともに、長屋の戸を開けた。
夜の気配を残した空気が、吹き込んでくる。
ぎゅ、と私は髪を結い上げる。
この季節、切れるような水の冷たさにも過酷な風にも耐えねばならない、やるべきことがあるのだ。
「あれー…大掃除、今日、でしたっけ…?」
「今日だった」
学園長の庵の前。
竹箒を片手に落ち葉の山を作っていたとき、勘右衛門がひょっこりと帰ってきた。
「ちょうど良く帰ってきたな、勘右衛門」
蔵と庵の掃除をようやく終えたのは、陽が傾いたころだった。
「だって実習だったんですもん、許して下さいよ」
へらっと笑った勘右衛門に、私は息を吐く。
五年い組は数日前から郊外実習だったらしい。
「まだ仕事ありますか?」
「いや、おおむね掃除は済んだんだ。あとは落ち葉焚きをして出てきたごみを燃やそうかと――」
「あ、それじゃちょうど良かった!」
そう、勘右衛門は背負っていた荷を下ろす。包みを解くと、中から芋がコロコロと出てくる。
「どうした、その芋…、そんなにたくさん…」
「近くの農家でいただきました!ついでなのでお芋焼きましょう!」
「そうだな、この文の束を燃やしてしまおう」
「なんです、それ」
「外部には出せない文書らしい。早々に破棄しろと学園長から仰せつかった」
そう言って、私は縁側にある書類の束を指す。
おいそれと落し紙にするわけにもいかない類の文なのだろう。燃やすしかない。
仕方が無いのかもしれないが、それにしても学園長先生は物をため込み過ぎだと思う。
「学園長先生宛ての手紙かあ…どんなものが書かれているんだろう、宛名は無いし…ちょっと拝見…」
「あ、こら、他人のプライバシーを――」
「やだなあ、おれたちが読んですぐわかるような密書を、学園長が生徒に任せるわけないじゃないですかー。暗号で書かれているんだろうし、少し読んだくらいじゃ…」
「だからと言って…」
「…!!」
「どうした」
「…先輩、これは危険です。早々に破棄しましょう」
「なんだ、そんなに危険な手紙だったのか」
勘右衛門、と呼ぶと、勘右衛門は心なしか青くなっている。
「…………書き出しは、大川平次渦正さま、と書かれていました」
「そ、それで差出人は」
「…楓さんからでした」
楓さん、というのは学園長先生の御友人のお一人だ。
いや、正確に述べるならば、彼女のうちのお一人なのである。
いまだにお付き合いがあるらしい。
年甲斐もなく甲斐性があるというのも困ったものだが、私が口を出すわけにもいかない。
「『風も冷たくなってくる今日この頃、お元気でしょうか。平次さんとともに寄りそい、鍋をつつき合ったあの日が昨日の事のように思い出されます』…」
「ちょっとまて、これって恋文…」
プライバシー侵害ど真ん中ではないか。
そう勘右衛門に制止をかけようとすると、彼は真剣な視線を返してきた。それから、再度手紙に目をうつす。
「『そういえば、あのときのデート代も立て替えたままでしたね。そろそろ年末も近くなってきました。憂いなく年神を迎えられるよう準備を始めていますか?』…」
「ん…?」
「デート代…学園長払ってないみたいですね」
それじゃあ、これは。
私は山のようになっている手紙を掴む。
「あっ、こっちは如月さんからっ!」
「『是非、近々お会いしたく思います』ですって、先輩。これだけじゃラブレターなのか踏み倒したデート代の督促状なのか分かりませんが…」
「こんなに溜め込んで! 破棄したいわけだ! こういうことは年内に片付けておいてくださいと何度も――!」
「血圧上がっちゃいますよ、先輩」
「男ってやつはっ!」
「先輩、そうやって『男』ってものをひとくくりにするのはどうかと」
「勘右衛門っ、だいたいお前だって――」
「あー、先輩、お芋焼きましょう、お芋!」
お芋は美味しかった。
お芋は。
※さつまいもの伝来は徳川政権下。
…いや、念のため『芋』としか記述してないですけどね。