桜花歳時記
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焼きみかん
なんだか、寒くなった。
校外実習を終え、学園へ戻ったのは陽がすでに山の端に沈もうという頃だった。
ぶるりとひとつ震えて、私は薄暗くなってきた廊下を歩いていた。
「うわっ、先輩、こ、こんにちは」
「おっと、こんにちは、黒門伝七」
出会いがしらに、勢いよく走ってきた一年い組の黒門伝七と衝突しそうになる。
なんだ、うわって…。
私、一年い組には毎回怯えられてる気がする…。
「先輩、校外実習、お疲れ様でした」
「寒くなってきたな、風邪ひくなよ」
「は、はい」
そわそわとしている黒門伝七に、私は手を振った。
一年い組はあまり上級生に絡んだりしない。
少し寂しいなあと思いつつ、そのまま廊下を曲がろうとすると、
「あのっ、先輩!」
そう、声がかかった。珍しい。
何事かと振り返る私に、勢いよく差し出されたのは――。
「わー、みかん?」
風呂敷包みから彼が差し出してきたのは、みかんだった。
つやがかった橙色が鮮やかだ。
「いただきもので恐縮ですが、よろしければどうぞ」
「いいの?」
「はい、痛んでしまってもつまらないので…」
「美味しそうだね、ありがとう」
「はい」
お礼を言うと、彼ははにかんだ。
普段は涼しい顔をしているが、こういう所は年相応に可愛い。
一年い組が決定的に嫌われたりしないのは、きっとこういう素直さのせいだと思う。
むかしむかしの仙蔵もこんな感じだった。
いや、もう少し仙蔵は慎み深くて大人しかったけど。
黒門を眺めて、この子もきっと大化けするんだろうなと思った。
「青い所が無いので、甘いですよ」
「青皮か…、そういえば、兵庫水軍のみなさんお元気かな」
「あ、あははは、あの時の事はあんまり思いだしたくないです。あの後結局風邪を引いて、授業に追い付くのに一苦労で…」
「今日は急に冷え込んだから、暖かくしないと駄目だよ」
晩秋にふさわしい冷え込みだった。
「もちろんです!もう風邪なんてひきません!試験も控えてるし、今度こそ左吉に負けるわけにはいかないですから!」
そう、彼は言い切った。
任暁左吉が前回のクラストップだという話は彦四郎に聞いている。
彼とは親友でありライバルの仲、ということだろう。
「あ、黒門伝七、ちょっと長屋においで」
「は!? い、いえっ、それは無理――」
「無理って」
「いや、その、六年生の長屋なんてこわく…いや恐れ多くて」
「焼きみかん、しよう」
「焼きみかん?」
「そう。もうそろそろ竃に火を入れようと思ってたからついでに焼いてみよう」
「え、いやしかしっ」
「焼きみかんは風邪の予防になるんだって」
私の一言に、黒門伝七は背を正す。
「はい、ありがとうございます」
「試験、勝てると良いね」
「………」
「なに?」
「頑張ります!」
「うん」
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