桜花歳時記
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白南風、通る
「今日は重い黒南風ですね」
「本当に」
食堂の窓からは、梅雨の初めの天を覆う厚い雲が見える。それを運ぶ重く湿った風が、黒南風だ。
そんな日、兵庫水軍の白南風丸さんが学園を訪れた。
オーディションのお礼に来てくれたという。
「一年は組は例によって補しゅ…いえ、授業で外出していまして…」
御茶と、御茶うけに桑の実を差し出すと、白南風丸さんは慌てて頭を下げ……「ごっ」という地味な音がする。
「だ、大丈夫ですか」
「す、すみませ…、どうかおかまいなく…」
…年上相手に申し訳ないけれど、この人、なんだか頼りなくて放っておけない。
お節介でお人よしな一年は組が肩入れするわけだ。
「わざわざ来ていただいたのに、みんな留守で…」
「いえいえ、おれも急に来てしまったので。なにぶん、休みが取れなくて」
苦笑する白南風丸さんに、私は思い当たった。
「そういえば、身隠しの盾の役につかれたんですよね」
「あはは、まあ、その、補欠ですけど…。その節は、学園の皆に大変お世話になりました」
義理堅い方だ。
学園にしてみれば、ほとんどいつものお祭りのようなものだったから、こうして改めてお礼を言われると困ってしまう。
「近いうちにまた来ます。梅雨があけると忙しくなるので…」
「どうしてです?」
「南蛮貿易が始まるんです」
今日のような暗く湿った風を、黒南風。
そして、梅雨の終わりに吹く、夏をもたらす南洋の風を『白南風』という。
はるか南蛮や天竺の船もこの風に乗ってくる。
「そうなると、やっぱり海は忙しくなっちまって」
このあたりの海の治安を守る、最大の犯罪抑止力となっているのが、第三協栄丸さん率いる兵庫水軍だ。
白南風丸さんは、いろいろと海の話をしてくれた。
生まれた村のこと。潮待ちの港のこと。ドクタケが絡んでいる安宅船のことが、目下の気がかりだとか。
「お仕事大変ですね」
「いや、おれ、他に取り柄がないし」
そう言いつつも白南風丸さんは、嬉しそうに笑う。
「カモシカさんみたいに」
「出茂鹿さんです、出茂鹿さん」
「ああ、そっか。その、出茂鹿さんみたいに器用で気がまわるようなら、もっと違うことも色々出来たかもしれないんですけどね」
白南風丸さんは、そう言って頭をかいた。
「おれ、不器用だしヘタレなもんで。おかげで出世も遅いし彼女も出来ないし」
「ああ…、水軍のみなさんは、良い人を陸に残していかれるんですもんね」
「補欠とはいえ選抜入りしてしまったから、いよいよ彼女が出来ません。だいたい水軍って出会いが本当に無くて…」
「では、ささいな御縁も大事にしないといけませんね」
「そうなんですよ、ささいな縁も――」
そこまで言って、ごくっ、と白南風丸さんはお茶を一気に飲みこんだ。
「そ、そろそろ御暇させていただきます。乱太郎くんたちには、また、日を改めて!」
「はい、お待ちしております」
ぱっと笑った白南風丸さんに、夏の海のような人だとそう思った。
「で、なんで白南風丸はそんなに梅雨明けみたいなテンションになってるんだ…」
「義兄っ、おれあの人と御茶しちまいました!」
「よ、良かったなあ…」
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