桜花歳時記
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大薬王樹
万物、長じて天地に満ちる。
初夏の光る風も、肌に心地よい。
良い季節になった。
「さて、どう言ったものか…」
薬草園のはずれに私は佇む。
学園長にはいつものことながら、難題を出されたものである。
私は目当ての木を見つけて木陰に寄る。それから天を仰いだ。
「――ん?」
「あ、先輩!」
「上ノ島一平…?」
「はい、こんにちは!」
「こんにちはー…なあ、先輩ちょっとすごく聞きたいことがあるんだけれども」
「はい、なんですか?」
「こんな木の上で何をしてるんだ?」
見上げて目に入ったのは、一年い組の生物委員会、上ノ島一平だった。
私の声に、一平は愛想笑いをして二・三度頬をかいた。そののち、こう繋げる。
「助けてください」
「登って降りられなくなったんだな…」
木の上で木立に座っていた一平は、若干プルプルしながら頷いた。やまねみたいだ…。
「ありがとうございましたー」
木立を見上げた一平は、そう言ってため息をついた。
見上げた先には太陽のような実がたわわになっている。枇杷だ。
「先輩は、こんなところで何をしてたんですか?」
「薬草を摘みにね」
そう言って、私は抱えた籠を見せる。
「へー、保健委員会のお手伝いですか?」
「いや、個人的な用事で…」
「枇杷を採りに来たんですか?」
一平はくりくりした目で覗きこんでくる。
「大薬王樹、枝葉根茎ともに大薬あり。病者は香を嗅ぎ手に触れ、舌に嘗めて悉く諸苦を治すという」
「…へ?」
「むかーしむかしの天竺の偉い御坊さんが枇杷の効能をうたった言葉だよ」
「へえー」
「根元から実が落ちるから、首に例えて一地方には縁起が悪いって言われてる。庭に植えると病人が出るとかね」
薬草園のはずれのこの場所は温泉のおかげで地熱が高い。
寒さに弱いイチジクや枇杷でさえ栽培できる。
この栽培方法を最初に考えたのは誰なのだろうか。とても合理的だ。
「枇杷の葉を焼酎に漬け込んで化粧水にしたりもするんだよ」
「え、先輩、そんなもの使ってらしたんですか」
「………」
今さらだけど、一年生に一体どういう風に見られているのだろう、私は。
一応、使っていないわけではないのだ。
くの一教室の方ではたびたび手作り化粧水のレシピは話題になっているようだ。ハトムギだとかドクダミだとか桃の葉だとか。
「先輩ってそういうの『面倒くさい』っていうタイプかと思っていました」
「…いや、私の場合は顔を洗って寝オチするのが精いっぱいな日も確かに多いけど…」
しかしこんなこと、山本シナ先生にバレたら叱られるどころか呆れられてしまう。
「と、とにかく、上ノ島一平」
「はい?」
「お前、枇杷の実が欲しかったのか?」
私がそう尋ねると、一平は頭をかく。
「軒下に鳥のヒナが落っこちてたんですよ」
「ヒナ?」
「それで、生物委員会で怪我が治るまで飼うことになったんですけど、いつもヒエやアワじゃ味気ないかと思って」
「それで、枇杷の実を取りに来たのか」
「勝手に採ったらいけないと思ってはいたんですけど…、枇杷の実は甘いし栄養ありそうだなーって…」
「少しくらいなら、新野先生に言えば分けていただけるんじゃないかな。私が事情を話してこようか」
「え、いいんですか?」
「『枇杷の実を分けてください』って言えば、新野先生なら頷いてくださるよ」
案の定、新野先生は大らかに頷いてくださり、私は一平に枇杷の実を手渡した。
少しだけ多めに持たせ、生物委員会で分けて食べたら良いと言うと、一平はぱあっと笑顔を作る。
学園きっての優秀クラス、一年い組の生徒だというのに、なんて素直。
「先輩、ありがとう!」
一平はほっぺたを持ち上げて、校舎の方へ駆けて行った。
…少し、罪悪感が残る。
「学園長先生、御所望の枇杷の実です」
「おー御苦労じゃった!誰かに咎められんかったかの?」
「いえ。新野先生が分けてくださいました」
「ほう?」
「快く」
私の声音に何か勘づいたのか、学園長はぶふぉと笑っただけで何も聞かなかった。
新野先生、嘘は言ってないのでどうか御許しください。
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