桜花歳時記
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ある日の彼の食卓
食べ物は玄米。
生みそと塩辛い漬物。
決して湯茶を沸かさず、食後は冷水を呑んですませる。
それが、潮江文次郎、平素の食卓である。
――もっとも食堂のおばちゃんのお料理は食べているけど。
「――まあ、お前個人がそういう人間なのは分かっている、文次郎」
「ああ」
常在戦場、まことに結構。
私はそう心中で呟く。
「しかし、せっかく作った湯漬にいちいち氷を入れるのは、いささか資源の無駄かと思うがな!!」
会計委員会の中間決算で、文次郎は今日も寝ていない。
食事に出て来ないというので、差し入れをもってきたのだが、こうだ。
怒っている私を鬱陶しげに手で払う。
失礼じゃないか、こら。
「差し入れのし甲斐がないヤツだな本当に…」
「だから残さず食べるというのに」
「そんなことは、当たり前だ!お米を残すな、罰があたる!」
「だから、目くじらをたてるな」
――金革をしとねにして、死して厭わず。
そんな言葉も、この男の前には意味がない。
だって、しとねで寝たことなんて、ほとんど無い。
これぞ、忍術学園一忍者していると言わしめる、潮江文次郎の生活なのである。
「これでは文次郎は嫁を取れないな」
私がそう言うと、彼はぴたりと手を止める。
「そうだな」
随分と穏やかな『そうだな』だった。
その言葉には、私が手を止める。
禁欲、という言葉が彼には似合う。
友人たちの中には遊びに誘うヤツもいるが、それに付き合うことは無かった。
自嘲気味に笑った文次郎に、私は眉をしかめる。
「ま、まあ、私が言うことでもないか。だいたい私だって嫁に行けるわけでも…」
「お前は行けるだろうよ、行く気があればな」
ずずっと、手元の湯漬をすする文次郎の返答が意外だった。
だって、いつも『嫁の貰い手がねえな!』って非肉を言う奴だから。
「文…」
「おれはな、どこかで自分に伴侶はいらんと思っているところがある。恋も、愛も、色もいらんと…」
「そうか」
「だが、お前は違うんだろう。行く気になれば、引く手はある。現に――」
現に、と言って、黙る。
具体的に名前を出そうとしたのだろうが、文次郎はそれをしなかった。
「私は…、どうだろう…」
「お前は茨の道も泥の河も、それに金革…武具の褥にもついて来そうだからな」
「でも、それが忍者だ、違うか?」
私がそう言うと、文次郎は一瞬大きく目を開く。
それから、低く、少し、笑った。
「馬鹿たれ」
「なにが…」
「お茶」
「え?」
「お茶だ」
差し出された椀の中の湯漬は、いつの間にか空になっていた。
こんなときに、思う。
文次郎は良いヤツだ。
「水じゃなくていいのか?」
水と言われても仕方がないと思いつつ、一応、お茶を用意してはいる。
そんな私に、彼は目元だけで笑った。
「濃淡は問わん」
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