桜花歳時記
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忍び的運命論
「は…?」
「聞こえなかったのか、任暁左吉」
「あの、いえ、聞こえました」
「会計委員長の潮江文次郎が、明日までに帳簿を頼みたいそうだ」
「うえー…、分かりました…」
普段は口ではなんだかんだと言いながら、任尭左吉は委員会の仕事に弱音を吐いたりしない。
だが、今日は本当に気乗りがしなさそうだった。
「もしかして、明日は試験か?」
「はい…。あーあ、勉強したかったのになあ…。なんでぼく会計委員会に入っちゃったんだろう…」
「巡り合わせだ、こればかりはうれいても仕方ない」
「巡り合わせかあ…。でも、すごい偶然だと思いません?」
「偶然?」
「そうですよ。偶然、会計委員会に入って、偶然、潮江先輩がいたんです。ぼくは会計委員会にどうしても入りたかったわけじゃないですもん…」
「そうだな、文次郎と関わる下級生はちょっと大変かもしれないな。でもお前だけじゃないだろう、ほら、加藤団蔵も一年生だけど文次郎にしっかりついて行ってるじゃないか」
「もう、ちょっとどころじゃないです。すっごく大変なんですから。
それに、我々一年い組は学園一の優秀クラスなんですよ! 一年は組なんかとは出来が違うんです――って、ああ、蓬川先輩は一年は組と仲が良いんですよね」
「仲が良いというか、加藤団蔵は物怖じしないからよく話すよ」
「アイツ、礼儀がないから…失礼ばっかりですみません」
「いや、六年生はね、後輩に甘えられるのは嬉しいものなんだよ。文次郎だって、きっとそうだぞ。眉間に皺を寄せてるけど、アイツ、お前たちのことが可愛くて仕方ないんだから。偶然会っただけだなんて言ってないで、今度頼ってごらん」
「えええ? まさかー…」
「本当、本当」
「でも、甘えられませんよ。団蔵じゃあるまいし…。ぼくじゃ駄目です。潮江先輩はたまたま後輩になったぼくのことを考えてくれてるだけです。団蔵があれで許されるのは、馬鹿だからです!」
「馬鹿な子ほど可愛いって?」
「そうですよ! だってアイツ、漢字ぜんっぜんできないんですよ! 馬鹿ですよ、馬鹿!」
「――って、誰が馬鹿だよ!!」
「うげっ!」
「加藤団蔵」
「遥先輩、こんにちはっ! ――左吉、お前が帳簿つけやるって潮江先輩に聞いたから、虎若との組み手切り上げてきてやったのに!!」
「頼んでないね!ぼく一人でやれるから、お前帰れよ!」
「なにおうっ!!?」
不毛な口喧嘩が始まる前に、遥はぴっと人差し指をたてる。
それに、一年生の二人は律儀にも注目する。
「任暁左吉、加藤団蔵、私からひとつ二人に問題だ」
「はい?」
「な、なんです、いきなり」
「人が出会うのは、偶然か必然か?」
「はいっ!?」
「ええ!? それ、答えなんてあるのですか?」
「一般の人はどうだろう。でも、私たちに限っては、ちゃんとあるよ。二人で考えてごらん」
「どういうことだろうな?」
「トンチの類かな、それとも哲学? 宗教? …ああもう、問題が解けないと、気になって何にも手につかない!時間がないって言うのに!」
「さっき『私たちに限っては』って、遥先輩言ってたぞ。ということは、忍たまに限っては答えがあるんだってことだろ、早く考えろよ、左吉。だいぶ時間がたってるぞ」
「お前も少しは考えろっ!」
「だーって、おれこういうの苦手だもん」
「考えることが苦手なのかっ! 国語や文字だけじゃなく!? …って文字?」
「左吉?」
「――そうか、分かった。団蔵、答えは『偶然』。だが、『必然』だ」
「えええ?」
「紙と筆を貸せ。つまり…人が、禺うのは、然るべき…なんだ」
墨痕は綺麗に整っていた。左吉は満足そうに団蔵を見る。
「にんべんに、禺う、然る…そっか、忍者文字!」
「答えは『偶然』。でも、『必然』を内包する。これがぼくたち、忍者の答えだ!」
「すっげー、左吉! さすが頭良いな!」
「と、当然だ!」
「ところで、だいぶ考えてたけど、帳簿つけんの今から終わるのか?」
「だ、団蔵、手を貸してくれると助かる…」
「勿論!」
「お前、左吉に何か言ったか?」
「なにも?」
「そうか…やけに嬉しそうに帳簿を持ってきたんだが…」
「難しい問題がひとつ解決したんじゃない?」
※禺う=遇う。
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