桜花歳時記
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夢で逢えたら
「先輩っ、蓬川先輩ーっ!!!」
「お、二年い組の池田三郎次」
「先輩、コイツ、なんとかしてくださいよ!」
池から上がったばかりなのか、髪の毛からは滴が滴っている。
そんな池田三郎次は、手に抱えた制服の上着を遥に押しつけてきた。
訝しんでいると、そこからのっそりと甲羅がでて来る。
「コイツ蓬川先輩の飼ってる亀でしょう! コイツぼくの制服に噛みついて放さないんですよ! 鍛練してるといつもです! しかも!」
ばっと広げる群青色の制服は、綺麗に裂けていた。
「…つ、繕おうか?」
「是非よろしくお願いします!」
そう憮然と言った三郎次に対して、亀は抗議のようにのっそりと彼の足に乗った。
「当て布しないと駄目だな…。古い袖の端切れで良いか」
「先輩、上手ですね、思ったより…」
「お前は私が何にもできないと思っていただろう…」
チクチクと針を使う最上級生に、三郎次は感心して覗きこんでいた。
「先輩こういう女らしい事は何にもできないイメージがありまいたいいたい、すみません!」
「うわ、ほっぺた冷たいな、池田三郎次」
「仕方ないでしょ、今まで池にいたんですから…。というか、頬っぺた引っ張らないでくださいよ。そうやってすぐに手が出るから恋人できないんだ、先輩は」
「口が減らない奴だな、そんなんだから一年は組に煙たがられるんだ。――はい、おしまい。……うちの亀のもんきちが悪かったな」
「いえ、別に」
「文吉」
「文次郎からもらった亀だから文吉。放生会の売れ残りなんだ」
「ネーミングセンス皆無ですね。とにかく、繕ってくれてありがとうございました」
ぺこりと頭を下げた三郎次は、そのまま文吉を一瞥する。
ちらりとこちらを見たその天敵は、のっそりと部屋の隅に落ち着いてしまった。
「おかえりー、三郎次ー」
「三郎次、制服どうしたんだ、それ」
長屋に戻ると、四郎兵衛が遊びに来ていた。
左近が目ざとく気がついて、破れた裾を指差してくる。
「これ? 先輩の飼ってる亀に噛まれて破かれちゃったんだよ、それで先輩が繕ってくれて…」
「へえ、上手だな。ちゃんと当て布してくれたんだ」
「古い上着の袖だってよ」
「袖?」
「どうしたの、久作」
袖と聞いて、久作は読んでいた本から目を上げた。
「ああ、いや。袖って言えば、前に不破先輩が古いまじないを教えてくれたなあって…」
「まじない?」
「夜着の袖を返して眠ると、思い人の夢が見られるっていうまじない。あと、その人の持ち物を枕の下に敷いて眠ると、その人の夢が見られるとか――。『いとせめて、恋しきときはむばたまの…』って古い歌にもあるんだけどな」
「!」
「へえ、さすが図書委員。ロマンチストだな」
「じゃあ、遥先輩の夢がみられるかもしれないね! ちょっと見たいかも。ねえ、制服貸して、三郎次!」
「い、嫌だよ、ぼくの制服だぞ!」
視界の隅で苦笑している左近は、この際無視することにした。
「減るもんじゃないし、いいじゃないか」とか「明日の朝には返すから」とか言う久作と四郎兵衛を振り払うと、三郎次はその上着を大慌てで仕舞いこむ。
今夜、いかに自然に枕の下に忍ばせようかと考えながら。
――夜の衣を、返してぞ着る。
.