桜花歳時記
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月待ち
学園長である大川平次渦正は、手元のススキをくるりと回した。
「今年の月見は残念じゃったのう、せっかく庄左ヱ門が良い茶を用意してくれたというに」
庄左ヱ門、と呼ばれて彼は澄ました顔で空をさした。
「仕方がありませんね、曇ってしまいましたもの」
「とうぶん、曇りみたいですね」
庄左ヱ門の隣には、彦四郎が同じように庵の縁側で空を見上げている。遥先輩、と呼ばれて、蓬川遥は頷く。
「しかし、学園長がそれほどお月見を楽しみにされていたとは…。言ってくだされば、事前に準備をしましたものを」
遥は、手元に活けてある秋のはじめの花々を手直ししながらそう学園長に喋る。
「準備とはなんじゃ?」
「お天気ですよ、準備とはどうやって…」
「知っているか、庄左ヱ門。古来から雨乞いという儀式があることを」
「は、い、それは知っていますが」
「はるか南蛮の国々では雨を乞い太陽を願う際には、人身御供をささげるという」
「はい?」
人身御供という不穏な単語に、傍らにいた五年生は一気に気色ばむ。
「センパイっ! なんですか、その片手に持った怪しげな本は!」
「むちゃくちゃ妖気放ってますけど!?」
「む…、妖気とは失礼な。これは西洋の自然科学の本だ。長次にかりてきたのだぞ。ちなみにこの題目はアルスノトリアと読むらしい」
「やめてください、やめてください…。嫌な予感しかしません…」
「大丈夫だ。たとえ人身御供に捧げる事になっても、学級委員長委員会の五年生は都合がいい事に二人いる。一人減っても一人残るぞ!」
「「嫌です!!!」」
力いっぱい首を振る三郎と勘右衛門に、遥はジリジリと寄っていく。
中在家長次も、碌な本を貸し与えない。
「よ、よいよい! この際、月待ちといこうではないか!」
「月待ち?」
彦四郎が首をかしげる。
「月が出るまでお月見を待つという地方があるのじゃ。それが『月待ち』という」
「へえ、それもそれで風流ですね」
「お月見の際の供え物が食べられなくなったのが、残念じゃがな」
「や、やっぱり月より団子なんですね……」
冷静に「お団子喉に詰まらせないでくださいよ?」と、庄左ヱ門だ。
うーん、と勘右衛門は腕組みをする。
傍らの三郎と共に、月見のお供え物を眺めた。
「お月見の際のお供え物かあ。――お団子とか葡萄とか何日もつかなあ?」
「芋とか栗とか酒なら……」
月に備えるために、初物を積み上げている。
遥が小首をかしげて、
「お月見の食べ物といえば、けんちん汁でしょうか。…あ、あとうさぎ?」
「う、うさぎは食べ物かの?」
「食感は鳥に似ています。よろしければ獲ってきましょうか? 飼育小屋にいますし…滋養になりますよ」
「八左ヱ門が泣いちゃいそう…」
「センパイ、それ新年にしめる用のウサギですよ。それに、けんちん汁に肉を入れたらもう、けんちん汁と言わないのでは?」
「す、数日曇り予定だそうですよ。当分、お供え物はお預けですね」
彦四郎がそう言って遥を見た。
それでは、と彼女は風呂敷包みを取り出す。一同に、にっこりと笑ってみせた。
「それまでこれで我慢なさってくださいませ」
「なんじゃ?」
「昼に金楽寺の和尚様からお裾分けをいただきました。法会の際の御萩だそうです」
「そうかそうか。ではみんなでいただこうかの」
「もうお彼岸ですね。そろそろ秋休みだし、センパイ今年の秋休みはどうされるんです?」
「学園に残るよ。六年生もみんな残るって言うし」
「俺たち五年は実家に帰るみたいです。六年生は鍛錬鍛錬ってそればっかりですね。あ、この際、みんなで温泉どうですか?」
「おお、それもいいのう」
「学園長先生が行かれるならば、わたくしもお伴いたします」
「ではその際はぜひ混浴で! 裸の付き合いって大事ですよ、センパイ!」
三郎の軽薄な声音を拾うものは誰もいなかった。
その代わり、遥は、おはぎをとりわけ小皿を回す。
「はい、みんな。固くなる前におはぎをいただきましょうか」
「うむ、金楽寺の法会は毎回ご飯が美味いのう」
「わあ、本当においしそうですね!」
「お茶がはいりましたよ、学園長先生」
「おお、庄左ヱ門、気がきくのう」
「…あの、センパイ、私の分の御萩、餡子が乗ってないんですけど」
「美味しいな」
「はい」
「ほんとに美味しい!」
「…すみませんでした。餡子ください」
2010年10月の拍手文(加筆修正あり)
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