短編
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「山賊が一人、そっち行ったぞ、文次郎!」
「よしっ!」
潮江文次郎が名前の声に応じようと、半身を捻る。
「…………」
そこに、縄鏢が飛んだ。
「長次! 俺の相手だぞ!」
「…………そういう状況ではない」
旅人姿の私服でも、武器はそれぞれ持ってきている。
「小平太、そっちに二人!」
「よし、任せろ!」
「なんだ、こいつらはぁぁぁあ!?」
――手を出すんじゃなかった、手を出すんじゃなかった! やはり俺は盗賊になんて向いてない!
時は天正、場所はとある山の中。
足利幕府の崩壊以前より、群雄割拠の乱世である。中国の歴史にあるという『戦国時代』とまで言われている昨今。主君を亡くし盗賊稼業に身を落とした者など、ごまんといる。
だから良いというわけではないが、みんなでやれば怖くない。そういうわけで、落ち武者たちで徒党を組んだ。
徒党を組んだわけだが。
山賊頭は、猛烈に後悔していた。
取り囲んだ山賊仲間たちは、わずかの間に半数に減っていた。
年のころ元服間近かと思われる、名前と呼ばれた武家風の袴姿。
それに、お供が三人。
彼らは、文次郎、長次、小平太、とそれぞれに呼ばれていた。
いくら武家のお供でも、これほどの手練れだとは思っていなかった。
びっ、と名前は的確に山賊頭を指さした。
「このあたりの山に出るようになった盗賊っていうのは、お前たちだな!?」
「違います!」
『嘘つけええええ!』
「すみません、嘘つきました!!」
相手全員にツッコまれ、山賊頭は頭を抱えた。
若い頃は戦場で槍働きを称えられたものだが、そんな自分よりもずっと怖い。顔が怖い。圧が怖い。もう、どうあっても怖い。
「とりあえず、まとめてぶっ飛ばせばいいんだよな!」
「小平太、待て!」
「名前?」
「油断するな、ただの山賊じゃない! あの独特の柄巻に覚えがある。おそらく、去年落ちた西国の城の落人だ!」
とっさに、自身の腰にある柄巻を隠す――が、遅い。
子どもの情報量と観察眼ではない。だいたい、柄巻の巻き方など、見て覚えているものなのか。
「名のある武家の出とみるが、こんなところで盗賊稼業とは嘆かわしい!」
なんなんだ、あのクソガキは!
年のころ十四ほどの元服前の前髪の美少年。大方、良いところの嫡男がお供を連れて遊山の最中だと踏んだ。腰の刀と衣だけでも上等だった。恰好の獲物だと思って近づいてみれば。
その読みは、ことごとく外れた。しかも――。
――的確に痛いところをつく。
「世間も知らぬこわっぱが! さかしらに知った口をきくな!」
「遅い!」
襲いかかった仲間の一人に、しかし名前は難なく懐に飛び込み、身体をひっくり返した。
「小手返し!?」
「――強い! なんなんだこのガキ!」
「ガキじゃない、これでも十五だ!」
「バカタレ、名前、怒車はいいから下がってろ!」
「強い! なんなんだこのオッサン!」
「オッサンじゃねえ、これでも十五だ!!!」
仲間の何人かは、すでにはっ倒されてしまっている。十人はいた仲間たちは、残るは三人ほどしかない。
これ以上の損害はまずい。
この者たちが下山して代官屋敷に駆け込めば、正規の軍が動く。そして軍が動けばこの峠にはいられない。落ち武者狩り、という最悪の単語が脳裏をよぎる。
「仕方ない、皆、退却だ!」
「お頭、しかし!」
この場でこの四人を打ち倒すのも不可能だ。山賊頭の号令に、他の面々は従う。
この者たちも所詮は旅人だ。山に逃げ出せば、深追いはすまい。――しかし。
「お前が統領だな!」
「!?」
追ってくるのか。しかも速い。
小平太、と呼ばれた男の声が間近にあった。
この山道に慣れている自分たちよりも、はるかに速かった。
後についてきた二人が吹っ飛ばされる。残るは、頭の自分のみ。
「ど、どんな馬鹿力だ」
「よく言われる! この峠は重要な輸送路なんだ、これ以上、私たちの邪魔をするな!」
「邪魔だと、俺たちが何を!?」
「この街道を明け渡せ! 学園長が、鯖を楽しみにしているのだ!」
「鯖ぁあ!? それだけのために俺たちに喧嘩吹っ掛けてきやがったのか!?」
「失礼な」
気が付くと、他の者たちも追いついてきた。
こいつら、一体何者なんだ。
なんでもないように、名前と呼ばれた剣士はため息をつく。
「喧嘩吹っ掛けてきたのはお前たちだろう。私たちは、ただ穏やかに峠を越えていただけで……」
「嘘つけえええ! お前たち、俺たちを討伐しに来やがっただろ! しかもたかだか青魚のために!?」
名前と呼ばれたクソガキは「たかがじゃない!」と語気を荒げる。
「こちらには、最重要事項だ!」
「俺たちも必死なんでな。――これ以上、おかしな思い付きをされちゃかなわねえ」
「…………同感」
山を軽々と追ってくる。よくよく見れば、こいつら全員、まだ年若い。
まさか、こいつら本当に十五歳なのか。
そして、本当に十五というならば、名前と呼ばれた小賢しいこのガキは、声変りがない。
まさか――。
「お前、女なのか」
「そうだったら?」
「――余計、腹立つ」
「まあ、そういうことだから!」
ぱちり、と目が合うと、小平太と呼ばれた男はにっこりと笑う。それから、
「諦めろ!」
そう拳を鳴らした。
「これで街道の安全は確保、と。――三人とも、協力感謝する。ありがとう」
代官屋敷を後にして、名前は三人に笑いかけた。
潮江文次郎は、腕組みをしてため息をつく。
「名前、鍛錬ついでだと言われてきたが、もう少し前情報をよこせ」
「あははっ、どうせ情報があっても結果は同じだった!」
「小平太、そういう問題じゃねえよ」
「…………よかったな、名前」
「うん、長次も頑張ってくれてありがとう。これで学園長先生も無茶苦茶はおっしゃられない。鯖が食べられないことで、下手をすれば『人魚の肉』とか『封』とか言い出すかもしれないから」
「やめろバカタレ!」
「長次、『封』ってなんだ?」
「…………伝説の神獣である『白澤』の図にある、人の形をした肉のことだ。不老不死になるという」
「鯖の代わり手に入れるには、ちょっと辛いからね」
「ちょっとじゃねえだろ、蓬莱の珠の枝レベルだ」
「…………しかし、何故身ぐるみまではいだ?」
「うん。代官屋敷に納めても、どうせ役人たちの懐に入るだけだからな。武士であった頃の装備や刀……柄巻は、彼らの主人の菩提に納めてやろうと思って」
「はっ、あんな連中にそんな配慮は無駄だろうよ」
「そういうな。それに、盗賊狩りは立派な稼業だよ」
「…………稼業?」
「古くは源義経公が、山賊狩りをして軍資金を得ていたらしいよ」
「脳筋だなっ!」
「…………怒られるぞ小平太」
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