山桜SS
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「平太っていい男なのに、浮いた話ないな」
「そういえば、そうだな……」
風呂上がりの軽口だった。伏木蔵がそんなふうに言うのを、怪士丸は髪を結いながら頷いた。
「良くも悪くも真面目なやつだし」
「うーん…………」
「遥の事で気を張ってただろうから、反動で男に走ったりして」
「冗談じゃない、そんなの……」
苦笑交じりに長屋の廊下を曲がると、部屋には火が灯っている。
まだ起きていたらしい。
中から、何かしら声が聞こえてくる。
何と言っているのかはわからないが「次郎丸」と聞こえたから、孫次郎の飼っている管狐の訓練なのだろう。
「孫次郎が起きているということは平太も起きてるな。遥はまだ委員会だし」
伏木蔵は「孫次郎、平太」と普段と変わらずに長屋の戸を開けて――後悔した。
「あ、怪士丸! ちょっと待て気絶するな!」
部屋の中を見るなり、怪士丸は貧血を起こした。――孫次郎が平太に押し倒されている様を見れば、まあ、こうなる。
「平太、孫次郎、二人ともそういう仲だったのか?」
伏木蔵は神妙な顔をして怪士丸を引き起こす。
困ったように笑った孫次郎は、いまだに平太にじゃれつかれていた。足元でオコジョがちぃちぃ鳴いている。
「実はこれはね~…」
「いつの間にそんな……、気が付かなかった……」
「怪士丸」
「寝巻で抱き着かれてる時点で、そういうふうにしか見えない……。平太、遥の事でそんなに追い詰められていたんだな……、穏やかに笑ってたから気が付けなかった……」
「怪士丸、顔色真っ青だからちょっと喋んなくていい。……それで、二人とも、というか孫次郎、これはどういう事だ」
「あのね」
孫次郎が口を開こうとすると、平太は首をかしげる。それから、開いている戸に向かって這いだそうとした。
「あっ、次郎丸! 駄目、この部屋にいて!」
孫次郎が平太の腕を掴んで引き戻し、押し入れの中に放り込む。
大人しく、彼は、彼の体格にはかなり狭いだろう押し入れの隙間に滑り込んで大人しく伏木蔵を見ていた。
「え……っと、次郎丸……って言った?」
「ちょっとまて。次郎丸って、孫次郎の飼ってる管狐の次郎丸?」
「それがね、話せば長いことながら〜…」
ことの起こりはついさっき。
孫次郎はそう、遠い目をした。
「平太~…」
「ん?」
「悪いけど、これ直せるーーって、何してんの?」
「…どこかの委員会がどこかの委員会と喧嘩したらしくて……、竹矢来がぶっ壊れて……」
「あ、あ~…、立て込んでるところごめんだけど、これもお願い」
「…なんだい、その板……」
「厩の木戸」
「…なんで木戸持ってきちゃったの。わかったからそこに置いておいて……」
「補修まちの用具ばっかりで置くとこないけど~…、ここでいいか~…」
適当にどさりと積み上げると、孫次郎の懐からするり、と細長い生き物が抜け出す。管狐が用具の隙間に入ろうとする。
「…あ、次郎丸、チョロチョロしてたら危ないぞ……って、うわっ!?」
ぐらりとかしぐ用具から、平太は管狐を守ろうとして、何かが降って来た。
――首。
「わーっ!?」
何故か作法から持ち込まれた首桶の中に、何故か入っていた生首フィギアもんじろくん(改)だった。
「あ~…、平太、大丈夫~…?」
大丈夫ではない。
ふわり、と魂が抜けた。
「…というわけで、いま平太はこっちに入ってます」
そう、孫次郎はオコジョを持ち上げる。
「びっくりして魂が抜けちゃったんだよね~…、それで、入れ間違えた」
「そ、それはそれは……」
「乱太郎たちが前に魂入れ替えやってたな。それにしても平太……」
「ビビりすぎだ」
ちちっ、と鳴いてから、円陣の真ん中でオコジョは背中を丸める。
もんじろくん(改)を指した。仕方ないだろう誰だよこんな生首を後生大事に修補に持ち込んだの、といいたいらしい。
もんじろくん(改)は、大切に受け継がれている。改、なのはちゃんと定期的に塗りなおされているからだ。
「いやこれどうするんだ?」
不安げな管狐の表情にーーいや、いっこうに無表情だがーー、ろ組の面々はため息をついた。
困った時はだいたい怪士丸を見る。青白い顔で、彼は呟いた。
「魂がもう一回抜ければ……」
怪士丸の呟きに「そうか」と伏木蔵は膝を打つ。それからバサッと懐中から扇を引き抜いた。
「よし、わかった。そのままじゃ不便だろう」
「ま、待て、伏木蔵、どうする気だ……?」
「ようは魂が抜けるくらい怖がらせれば良いんだろう、任せてくれ」
「や、やめてやめて、伏木蔵〜…、それ何が仕込んであるの」
「びっくりどころか命の危機に直面なのでは……」
「じゃあ穏便に驚かすという事で、水でもかけてみるか?」
「元に戻すにはお湯じゃないのか……?」
腰を上げようとする伏木蔵と怪士丸に、オコジョに入っている平太はオロオロする。そんな彼を孫次郎は抱え上げた。
「ちょっと~…、うちの次郎丸におかしなことしないでくれよ。中身はともかく外見は小動物なんだからね」
「孫次郎は平太の心配もしてさしあげろ……」
「まあでも平太は強いからな、一日二日ぐったりするかもしれないけど、大丈夫だろう、たぶん」
「保健委員とは思えぬお言葉……」
しかしまあ、と伏木蔵は押し入れの中の平太を「入れ替わってもぜんぜん変わらないな」と覗き込む。
管狐は鼬と違って小柄でもともと臆病なたちである。
「平太もああいう感じだもんな、いつも」
「え〜…、そうだったかな〜…? ぼくと喋る時は、平太もう少しだけ覇気がある気がするけどな」
「それは生物委員会が毎度毎度、飼育小屋の木戸とか竹矢来をぶっ壊して持ち込むからじゃないのか……」
「そ、そうだったかな〜…」
ポリポリと頭をかく孫次郎に、極まった様子で管狐(平太)は長屋の外へ飛び出していった。
「あっ、平太!」
「ほら〜…、伏木蔵がいろいろ言うから平太が傷ついちゃったじゃないか〜…」
「私だけのせいにしないでほしい。居た堪れずに家出したか、あの姿で大丈夫なのか?」
「確かに……、あの姿で狐とか蛇とかと出くわしたら、なかなかな討伐じゃないのか……?」
「う〜ん、平太も次郎丸もちょっとやそっとじゃやられないだろうけど〜…」
孫次郎はやれやれと言った様子で腰をあげる。無言で伏木蔵を見てくる怪士丸に、伏木蔵は肩をすくめた。ろ組は「仕方ない、行こう」と相成った。
「怪士丸、そっちは」
「いないな……」
「平太、どこまで行ったんだろうな」
「毎回毎回ビビりすぎだよね〜…」
「どうする……、伏木蔵……?」
「これだけ探していないとなれば、もう長屋に帰ってるかもしれない。いったん私たちも一度戻って――あっ」
「どうしたの?」
「そ、そろそろ遥が部屋に帰ってるかもしれないけど、遥はこのことを知らないんだよな」
「あ、あ〜…」
「次郎丸が入った平太は押し入れに突っ込んであるけど、次郎丸がいつものように遥にじゃれついてたらそれは」
「絵面がまずい……」
「へ、変な噂がたっちゃうね〜…」
ますます青白い顔をする怪士丸、どこか暢気な孫次郎。
伏木蔵は、口元に手を当てる。
「う、うん、この際、平太には尊い犠牲になってもらおうか。今長屋に帰ったら遥にめちゃくちゃ怒られそうだしな」
ちょっと納得しかける孫次郎の背後に、書類を片手に帰ってくる遥が見えた。
「あっ、遥、遥、ちょっと待って〜…!」
長屋にはまだ戻っていないらしい。
普段通りの遥の姿に、平太が尊い犠牲になる未来はなくなったようだった。
「孫次郎、どうかしたの?」
「遥、長屋に戻ったりしてない?」
「今から戻ろうと思っていたところだけど……、みんな寝間着でうろうろしてると風邪ひいちゃうよ?」
「じゃあ平太に舐められたり絡まれたり襲われたりしてない?」
「え、平太、が、なに? そんなこと平太がするわけないでしょうが、孫次郎じゃあるまいし」
「えっ、ぼくの評価悪くない?」
遥は「それで平太が、どうかしたの?」と背後の怪士丸を見るが、怪士丸はただ首を振った。話すと長い。
「いや、君がなんでもないなら、それで良かった……」
「ギリギリセーフだよね〜…」
「しかし平太、どこへ行ったんだろうな」
「平太は見なかったけど、孫次郎、次郎丸が脱走してたよ」
「えっ!?」
するり、と遥が促すのに合わせて、遥の懐からオコジョが現れた。
ぱちくりとした目でろ組の三人を見渡す。
「プルプルふるえてたから、寒いのかもと思って暖めてたけど」
「…………」
「…………」
「…………」
「外にはフクロウも狐もいるんだから、気をつけないと――え、なにどうしたの? みんな、頭抱えて」
「まあ、なんだ、うん……、家出したわりに帰ってくるのが早かったな、平太……」
「やっちまってください、伏木蔵先生」
「よしきた」
「管狐に平太が入ってたの? また魂抜けたんだ。まあ、たまにあるよね、こういうこと」
日常なのか、平太の入れ替わり。
そんなクラスメイトたちの物言いたげな視線。沈痛な顔をする平太(平太)を後目に次郎丸(次郎丸)は遥の腕をよじ登っている。
「よくあるよくある」
「平然としてる遥が怖い……」
「…た、たまたま! たまたま遥に捕まっただけだから……っ!」
「遥の懐に入り込んでてよく言うよ」
「さては何かやましい気持ちで抱っこされてきたね〜…」
「…た、たまたまだってば……」
「長屋廊下でふるえてたところを捕まえたから、運が良かったよ。――でも平太、小動物が夜中にウロウロするのは危ないからダメだよ、本当に危ないからね、ダメ、わかった?」
「…うう、分かってるよ……」
「遥、過保護」
「遅くにすまん平太、実は体育委員会の委員会活動の間に、塀を壊してしま――」
「わああっ!?」
「え、な、なんだ?」
「…き、金吾、わかった、直しておくから……」
「どうした、平太。普段ブツブツ言うくせに」
「…なんでもないです、修理してきます……」
※この入れ替わりネタがやりたくて孫次郎が管狐を飼ってる設定にしたのに、前サイトでupしていませんでした。まだろ組の部屋割りが分からなかった時代のものですのでその辺曖昧です
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