山桜SS
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糸通し
「た、ただいま…」
「おかえり」
長屋の自室、正座で待っている遥に身構えると、金吾は手渡されたプリントを見てますます肩を落とす。
学園長の思い付き緊急オリエンテーリング開催のプリントだった。
六年は組が遠征明けなことを知っているはず。相変わらず、容赦が無い。
「あと、日向先生から体育委員長に伝言」
「ん?」
「体育委員会の仕事がたまってるから、後で顔を出せって。一週間も無断で学園を空けるなんて、相変わらず仕方のない…」
「日向先生、怒っておられたか?」
「…まあ、最上級生にもなって面倒事にいちいち首をツッコむとは、六年は組らしい、と」
これで村の一つも救えないなら本当に落第ものだが、しかしながら、周囲に散々心配をかけながらも期待にはしっかりと応えるところが「は組」の難いところだった。
彦四郎とともに、胃をキリキリ言わせながらも庄左ヱ門率いる「は組」の帰りを待っているのが、い組ろ組の恒例でなのである。
それでなくとも心配だというのに。
「金吾」
「うん?」
「衿、ほつれてる」
「ああ、これは…その…、いろいろあって…」
遥は、いろいろの中身は聞かない。
聞いたら危ない事をと叱らなくてはならない。
かわりに、遥はため息をついた。
「目立つか」
「繕ってあげるからそんな目で見ないで」
「ああ」
金吾はそれは当然という具合で頷く。
不器用なのだという以前に、自分で繕う気がない。
本当に、剣術以外は何もできない男だと遥は裁縫箱を取り出した。
「あ、着たままで良いよ」
「すまんな」
「本当にすまんと思ってる?」
「…わ、悪いとは思っている」
「そう?」
「しかし不器用なのは直らん。諦めてくれると助かる」
「繕いものの話じゃなくて…、まあ良いか。私がいなかったらどうするんだ」
そう考えてから、遥はため息をついた。
真っ先に伊助が頭に浮かぶ。
それに、金吾なら仮に自分がいなくとも誰かしら世話をする人間が現れるのだろう。
ほつれた衿元を繕い、糸をふつりと噛み切ると、遥は「はい、おしまい」と体を離そうとした。
「遥…」
「うん?」
「遥」
もう一度名を呼ばれ、離そうとした途端に抱き寄せられる。
「っ…」
「遥」
「な、なん…」
「久しぶりに会ったんだ、もう少し愛想良くしろ」
逃げようと押し戻しても、敵わない。
遥の首筋に顔を埋めてそう不満げに言った金吾に、遥は身じろぐ。
「…うなじ、白いな」
「ちょっと…」
「…少し…、今回はきつかった」
「大丈夫?」
「…駄目だ」
「…怪我でも、した?」
「…いや、は組の奴らはしてない。…こういうとき、お前がいっそ同じクラスなら良かったと思う」
「無理。私、は組には心身共についていけない」
「――お前がいないと、不…不便だ」
とくっとどこかで音がする。
ゆるゆると赤い顔を上げた金吾と目があって、遥は視線をそらせなくなる。
「…いなくなるなよ。私の世話は、遥の仕事だろう」
なんだか調子の良い、と思いながら、金吾にそう言われると、じんわりと幸せになる。
――本当に不器用なんだから。
それとも、素直だと褒めるべきなのか。
どちらにせよ、繕いものくらいできないと忍者失格だ。は組が総じて不器用なのは、伊助が甘やかすからだ。反省してもらわなくては。
そこまで思って、遥はハッと気がつく。
「金吾、待った!」
「…ぶっ、何だよ!」
べちっ、と金吾の顔を押し返す。
不意打ちだったらしく、なんだか恨みがましい視線を遥に向ける。
「針…」
「針?」
「針が失くなった」
「…え」
それから、失くなった針が見つかるまでに、散々説教をされた金吾である。
「だいたい、針を持っている人間を…、だ、抱き寄せるとかっ!」
「だから、すまん」
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