降魔の太刀
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「愉しゅうございますか」
「…?」
ようやくか。
そう思いつつ、新左ヱ門は尋ねてきた子供を見た。刀の手入れを初めてから丁子油を仕舞うまでたっぷりかかった。それまで柱の影に隠れていた彼女は、ようやく新左ヱ門の傍らにおずおずと腰を下ろす。
「新さま」
「はい」
「新さまは剣をふるって愉しいのですか?」
「遥殿」
「はい」
拙い仕草でおずおずと顔を上げる遥に、新左ヱ門は苦笑した。遥が話かけてくるなど、珍しいこともあるものだ。
「なぜそのような事を聞かれるのです?」
自分はおおよそ子供とは縁がない。真意がわからない。
諸国流浪の身のうえで、遥の父にはひととき食客としてもてなされていた。
「遥も男だったらと思うのです。なれば父上のお役にも立てるというに…」
「ですが、あなたは男ではない。戦事は我々に任せてあなたは母上の傍にいてさしあげれば良いでしょう」
「でも…」
「遥殿はいといけであられる。きっと良い姫に成長されると思いますが」
新左ヱ門がそう感想を言うと、遥は桜色に頬を染めた。
「し、新さまは、なぜ剣の道に進まれようと思ったのですか?」
新左ヱ門は黙ってしまった。
難しいことを聞く子供だと、遥の視線を受け止める。
「昔伝え聞いたことがあるのです。降魔の剣というものがあると」
「降魔の剣…」
「世は乱れて魑魅魍魎のごとき悪人が闊歩しております。その無明の闇をわが剣で開くことが私の夢でございます」
そう苦笑した新左ヱ門は、まだまだ年の頃二十歳を過ぎたばかり。いまだ自らの剣に何を乗せて良いのかもわからないままだ。遥は、そんな新左ヱ門に首をかしげた。
「あの、新さまは、どなたか良いお人がいらっしゃるのですか…?」
「そのような者はおりません。剣の道に進む私と共に修羅の、鬼の道を歩めと言えるような伴侶は、おそらく生涯見つからないでしょう」
「鬼の…?」
「はい。剣の道を歩む者はいつどこで果てるかもわからない命でございます。修羅を斬るうちに自ら修羅になる者もいるとか…。ですから、そのような者に嫁ぐ女子はおりますまい。茨を踏む道です。あなたは女子だ。人を生み、いつくしめる。それが、時折酷くうらやましい、遥殿」
「降魔の剣をふるうためには、鬼の道に落ちなければならないのですか?」
「はい、私も人でなくなる日が来るのかもしれません。ですから、伴侶などもてません」
「新さま、わたくしは新さまはきっと、生涯、人であらせられると思います。でなければ、父もまた修羅で、私は修羅の子になってしまいます。そんなの、嫌……」
そう言った遥は、幼いながらもその知恵の及ぶ限りの聡明さを見せた。この言葉は新左ヱ門への励ましであったとも思う。それから、遥は頭を下げた。
「新さま、私の母のように茨の道に進む女子もおりますよ」
「そうですね、確かに」
必死になっている遥にくすりと笑って、新左ヱ門は立ち上がる。稽古に出ねばならない。
「新さま、わたくし、頑張りますので…」
「はい、私も頑張ってきます、ではごめん」
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