霞
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拝啓、大川平次渦正様
書院より見える梅の、赤い香りが、強くなってきました。
学園長には、ますますご健勝と存じますが、御風邪など召されてはいないでしょうか。
私の借宿は、かつての都は鎌倉。土地のものは雪の下、と申します。そこの雪も、すっかりと溶けてきました。
梅の香りに誘われるように、春を告げる鶯の声が少しずつ聞こえてきています。
来月、桜の頃には、学園に戻れると思います。
学園長、どうか無理をなさらず、御自愛くださいませ。
かしこ
苗字 名前
「名前…………」
名を呼ばれた。
かたん、と名前は筆をおく。
「入ってもかまわんか」
「これは武衛さま…」
「すまんな、何か書き物をしていたかな?」
「いえ、もう済ませましたので」
皆本武衛は鎌倉の武士だ。
真っ直ぐな視線は、学友である彼によく似ている。
「鎌倉滞在中、よくしていただき、ありがとうございました」
明日には鎌倉をたって、足柄の風魔流忍術学校に戻る。
半年、名前は風魔を学ぶために足柄に、そしてこの相模に身を置いた。鎌倉での情報収集の傍ら、学園帰還の挨拶をするため皆本家に滞在したのだ。
「息子とは文は?」
「いえ。でも、元気でしょうから…」
元気だろう。
きっと、汗だくで鍛錬に励んでいるに違いない。
「来月には学園に戻ります。いろいろとお世話になりました」
「そうか。それは残念だな」
「何もお返しできませんで」
「いやいや、愚息の話を聞けて、私としては実に楽しかった。なにせ滅多に相模まで帰らないのでな」
「しかし、去年の夏は級友の山村喜三太と共に相模に帰ったと思いましたが――」
「帰ったは帰ったが、あやつ、一日しかおらなんだ」
「え、そうなのですか? 東海道ならば平らな道ばかりなので、金吾の足ならば何日か鎌倉に滞在することもできそうなものですが」
「いや、修行だと言って山側から来たと」
「信濃路を通ったのですか……?」
頭を下げる名前に、武衛は笑った。
「不肖の息子だが、よろしく頼む。今度は一緒に戻ってくると良い」
「はい、ありがとうございます」
はい、と頷いた名前に、皆本武衛は苦笑した。
果たしてこの娘は自分の言った意味が分かっているのかいないのか。
「この手紙を、学園長先生と戸部先生に。それから、この手紙は愚息に渡してくれないか」
「承りました」
ひとつ頷いて、名前は頭を下げる。
遠く、西の空を見上げて桜の季節を待っていた。
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