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「まったく、こちらの期待通りにはいかんのう」
かっこん、と鹿脅しが鳴る。
亀がゆらゆらと浮かんでいた。
竹林の青を眺めながら、学園長は庵でお茶を傾けていた。
目の前の老人の言葉に、鉢屋三郎は目を上げる。
「やはり、一度校外に出したのは無駄だったようじゃ。少しは女らしくなったかと思えば――…。というよりも、恋人でも作ってもう学園に戻らないと言いだして平穏無事に生きてくれればとも思ったが、そうもいかんの…。まったくあの娘も頑固者じゃ。一体誰に似たのやら――…」
学園長がこぼすその愚痴に「そのあたりは育ての親によくよく似ておりますね…」と斜堂影麿は首をふる。
日向墨男「まったく!」と笑った。
「何か言ったかの、斜堂先生、日向先生」
自分たちの反対を押し切って、名前を忍たまとして入学させたのは学園長だ。
実技担任の日向墨男と共に、気苦労の絶えない日々がまた始まるのだ。斜堂影麿、縦線の増す日々である。
「予測と期待は違うものです」
そう言ってお茶をすすったのは、卒業生である鉢屋三郎だった。
彼は、城務めの合間を縫って、時折この庵に姿を現す。
それに、と三郎は心中呟く。
学園長は、口ではそう言っても、名前に帰ってきてほしいと思っていたのだと知っている。年寄りというものはまったく素直ではない。
「しかし、学園長。『彼』の隠れ蓑にしても、女の身で忍たま入学というのは、やはり酷だったのではありませんかな?」
「そう言うな、日向先生」
くい、と湯呑みを傾ける学園長は、老齢ではあったが、その視線に衰えはない。
「先生方にはよくよく心労をかけておるが、あの子はわしの関係者と入学前にも認知されておる。それに――」
苦笑いを返す担任二人に、学園長はまた竹林を見た。
「すでに忍たまとして培った絆や縁があろうし…。帰ってきてしまった以上、このまま何事もなく卒業させてやるのがわしの償いじゃろう。…しかし、まったく、子供というものは思う通りに育たんな」
とうの『彼』である、鉢屋三郎は、表情を変えない。
ただ、澄まし顔でお茶をすすっているだけだった。
「この三郎に、わしの後を継がせるつもりじゃったが――、…旨くいかんのう」
「残念ですが、私は学園長の跡を継ぐよりも、雷蔵と共に城務めしている方が性にあっているのです」
ふふっと笑った鉢屋三郎は、当の不破雷蔵の顔だった。
変装名人、鉢屋三郎。
その名前だけは知れ渡っている。
千変万化の『かげろう』と評される、その名前だけは。
「三郎よ、あまり変装ばかりでは、こちらからも探し出せんのじゃ。もう少し、こまめに顔を出せ」
「探し出されてお説教されてもかないませんし、オン・アニチ・マリシエイソワカ、ですね」
「そんなふうに都合よく真言を唱えられては、摩利支天も怒ろうよ」
「摩利支天は陽炎の化身ですよ、今更怒りませんよ」
「そんなお前さんよりも、あの子の方がわしは可愛いぞ」
「それは当然。名前は私が手塩にかけて育てた、可愛い可愛い後輩ですからね」
ぶふぉ、と学園長は笑う。
それに、ふふんと三郎は返した。
そんなやり取りを渡り廊下で聞いていた山田伝蔵は、こっそりと、しかしあからさまにため息をついたのだった。
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