風魔の五年生男子の名前
はちまん
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護摩焚き
「すまんのう、竹谷くん…」
「いや、仕方ないっすよ」
布団の上で詫びる和尚様の傍らで、おれ――竹谷八左ヱ門は眉を下げていた。
夜から降り続いた雪もやんだ。
杉の大木が連なるとある山寺。方丈の軒先にも氷柱が下がっている。
傍らに置かれた火鉢に炭を放り込むと、おれは下がる。
この冬、ちょっとした連休ができた。
これを幸い、普段はできないことをしようと、おれは山寺で短期間の修行を申し込んだのだ。
修行の満願日を祝い、山で護摩を焚いていただく予定だったのだが、今朝がた寺の和尚がこの雪の中で転んで腰を痛めてしまった。
他に小間使いの小坊主しかいない山寺だ。
護摩焚きはあきらめお暇しようと荷物をまとめていると、ドンドン、と寺の山門をたたく音がした。
客か?
こんな季節にこんな山奥まで…。
そう思って、山門まで出ると――。
「おー、はちざえもーんっ!」
「何でお前がここにいるんだよっ!!!」
「ちょ…っ、なんで閉めんだよ!あけろ!さみーんだっつの!」
「質問に答えろよ!」
「山伏が山寺訪ねて何がわりーっつーんだ!修行しに来たんだべ!」
とある山寺でおれが修行を終えようかというその日、山寺に客僧が訪れた。
笈を背負った山伏姿、雪の中でたたずむ姿は…。
「だーっ、さみーっ!!!」
「うるせえっ、言うなよ!ますます寒いだろ!」
「あーもー、マジでさみーっ、八左ヱ門、帰んべ、はーよっぱら修行したべ!」
「お前はほんとに山伏かっ!」
「ちげーよ、おらは風魔のたまご!略して風たま!山伏なんて好きでやってんじゃねー!」
「仏門に入っている身で罰当たりなこと言うんじゃねえ!」
現在、視界は一面の銀世界だ。
麓では山の上から春が降りてくると言うが、山の奥では未だに雪が舞う。
傍らの与一の手も震えている。
実のところ、コイツは風魔流忍術学校五年生だ。
「あー、こんっな用事頼まれんじゃなかったー」
「二つ返事で引き受けたじゃねえか」
「ヨボヨボの哀愁漂うじーさんに頼まれて、首振れるよーな人間は人間じゃねー」
他に僧もない小さな山寺だ。護摩焚きは諦めていたところ、たまたま山伏が居合わせた。
つまりコイツ、高取与一が護摩を焚いてくれるという。
「心配ねー」と笑う与一だったが、それ以前の問題だ。お前が焚いて霊験が果たしておれにありうるのか。
そんなこんなで、おれと与一は境内にある山の上に護摩を焚きに来ている。
杉の古木が周囲に迫り、その中に小さな祠だけがあった。
「にしても八左ヱ門、おめーなんだって寺で修行?」
「先輩にすすめられたんだよ。『鍛錬など学園でもできる。休みがあるなら環境を変えて精神修養してはどうか』ってよ。悪いか」
似合わないって言いたいんだろ。
そう、おれが少し先をいく与一を見ると、与一はふっと口元をあげた。
「悪かねーヨ」
雪の中、白装束だけのヤツの姿は、人ではないもののようだ。
そういえば、山伏の衣が白いのは自らを死者と見なすからだと聞いたことがある。
「悪かねー。雑念なんて消せるもんじゃねーけんど、こーやって白と黒しかねートコにいんだろ。そーすんと…」
ばさりと杉の古木から雪がこぼれて散る。
「ごちゃごちゃ考えねーですむ。悟りは開けなくてもナ。こういう世界はめんどーが無くていーよナ」
与一は、ははっ、と笑った。
白と黒の世界。
「おらはあんまり頭良かねーかんな、シンプルなのが良いんだわ」
「与四郎さんもか」
「兄ちゃんもアレで頭わりーかんなー」
ばさり、とまた杉の枝から雪がこぼれる。陽に当たって、ちらちらと光が落ちてくるように見えた。
おれの息も白い。
面倒なこといろいろ考えるのは、おれも苦手だ。
「じゃーさっさと祝うかー、おめーの満願日」
「おいそれ護摩じゃなくて柴だろ…って、雑に積むな!ちゃんと組めよ!」
「なにせーてんだ、おめー。山での護摩焚きってのは本来こーいうもんなの!」
「そうなのか!? お前、おれに適当なこと教えてないか!?」
「ねーヨっ! あーもーさみー、ちゃっちゃと終わらして帰んべ!」
「破戒僧! ちゃんと働けよ、ごまかしてないで!」
「おー、護摩だけにな! うめーことせーてんナ!」
「ちゃんと仕事しろ!」
この後、火を見ていたら一応、神聖な気持ちになった。
にやりと笑う与一を蹴ろうとして逃げられ、雪合戦に発展したことだけ記しておく。
※誤魔化すの語原は諸説あります。いずれにしても江戸時代のお話…。
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