籠城戦
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「……それで、自分のお弁当をあげちゃった、と」
「袖振り合うも多生の縁です!」
「この子のおかげで助かりました。ずっと飲まず食わずだったもので」
「おじさん、チャミダレアミタケ軍じゃないよね?」
「負けた城の兵をしていました」
「ええと、……兵糧攻めにあった城の中に、ずっといたのですか?」
「ええ、おかげでこれほどに痩せてしまって」
「それはご難儀。お腹の具合はいかがですか?」
「もう大丈夫です」
「吐き気は?」
「おかげさまで、心配いりません」
「……そうですか、良かった」
「……先輩」
「うん」
「そっかー」
ぞわり、と何かの勘が男に働いた。
なんでもなかった目の前の子供に、戦慄した。
――戦慄した?
「団蔵っ!」
「はい!」
ぐんっ、と子供の腰にさした二本の棒が翻る。
男は反射で逃げようと身を引くと、その子供は間合いを詰めてきた。
「なっ」
普通の子供の身のこなしではない。
男の、蹴りを入れようと大ぶりした右足は空を切り、逆に軸足を払われる。
「このガキ! 馬借に化けてたのか!?」
「化けてない! むしろ本業!」
団蔵は、逃げ出そうとする男の足に、腰に下げていた鼻捻棒を引っ掛ける。「うわっ!」と足元を掬われて、男は道端に転がった。
「先輩、やりましたっ!」
「さすが加藤の若旦那! だけど危ないから下がっててほしかった!」
名前は男の右腕をひねりあげ、地面に叩きつける。もがこうにも、ビクともしない。
「嘘だろう、こんな女子供に!?」
「団蔵っ!」
「はい! ――あった、ありました! 袖の返しに、暗器と連絡用の密書!」
「合戦のどさくさに、チャミダレアミタケ武将の首を狙っているという情報は、確かだったな」
「くっ、放せ! 何故わかった!?」
「数か月の籠城戦をしたなら、今は極度の飢餓状態だ。団蔵のおにぎりが喉を通るものか!」
「そ、そんなことで」
「どうしてですか、先輩? これはいつもの鉄粉おにぎりじゃなくて、ちゃんとした普通のおにぎりですよ?」
「会計委員は普段から普通のおにぎりを作れ! おにぎりを
おにぎりを潰して乾かし固くすると、錣のように縄が切れる……、というのを文次郎が教えていたが、それは緊急事態の話である。
「俺じゃなくて潮江先輩が作るんですよぉ。――それよりも、それでなんでこの男が敵だって思ったんですか?」
「団蔵は気づいてなかったの?」
「先輩の様子を見て、コイツが敵の暗殺者なんだってわかったんですけど、理由はさっぱり」
はあ、と名前はため息をついた。
「兵糧攻めというのは――、本当に悲惨なんだ。城内に備蓄した兵糧がなくなり、家畜一匹、草木一本まで食べつくされて、それでも餓えは癒えない。最終的には何が起こるか、想像できるだろう?」
「は、はい、あんまり考えたくないけど」
「だから、大名たちは普段から籠城戦に備えている。城内の雑草も刈ることを許さない。城の壁にかんぴょうを埋め込んでいるお殿様だっているくらいだ。一年は組も以前、籠城戦を経験しているはずだよ」
「先生に言われました。いざとなれば松の木の皮も食べると」
「うん。極度の飢餓状態が長く続くと、胃の腑は小さく、動かなくなってしまう。だから、籠城戦から解放された民たちに、急に大盤振る舞いしてはならない」
「どうなるんですか?」
「身体が受け付けず、ショック死する」
「ええっ!?」
目を丸くする団蔵に「ちっ」と男は舌打ちをした。
一年は組の生徒は、行き倒れを拾うことが多い。この話は他人ごとではない。そう団蔵は冷や汗をかいた。
「じゃあ、どんなにお腹がすいていても、いきなりお腹いっぱい食べてはいけないということですか?」
「固い稗や粟は避けろ。怪我人や病み上がりなどでも、まずはお粥からお腹を慣らすだろう? もしも餓死寸前の人間がいたら、まずは薄い薄い塩湯や砂糖水を飲ませる。あとは米粒がなくなるほど煮込んで重湯を作り、少しずつ、ゆっくり摂取させるんだよ。それから味噌汁などを増やしていくんだ」
「ほええ、気を付けます」
「まあ、おにぎりなんて固形物、普通はショック症状が出る前に、飲み下せないから」
「確かにそうですねえ」
「ところで、団蔵は自分のお弁当をあの男に渡してしまったんだな」
「あ、そうだった! そう考えたら、とたんにお腹すきました!」
「じゃあ、炊き出しの雑炊をもらってこよう。食べたら、その分働くんだよ。馬飼いの仕事はたくさんあるからね」
「はい!」
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