籠城戦
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名前の眼前には、山城があった。
忍術学園には、敵国である。
もう長く、チャミダレアミタケ軍はこの城の四方を包囲していた。
補給物資を断つ戦法を、兵糧攻めという。
敵軍にとっては、孤立無援の籠城戦。
数ヶ月に及ぶ敵方の籠城は続けられ、先日、ついにその城門が開いた。
「――あっ、こっちだ、加藤団蔵!」
「名前せんぱーいっ!」
名前は、駆け寄ってきた少年を抱きとめる。
よくよく見知った馬のたてがみのような、髪。
その快闊な笑顔に苦笑した。
「名前先輩、今日は娘姿なんですね。先輩がどこにいるかわかんなくて、探しちゃいました!」
「そんなことだろうとは、思ってた」
「というわけで、お待たせしました! 忍術学園からの補給部隊、ただいま到着です!」
「まさか一年生が来るとは思わなかったよ。授業は大丈夫だったのか?」
「はいっ、ダメでも大丈夫です! 馬の扱いは誰にも負けないです!」
「そ、そうか……、うん。土井先生には申し訳ないけれど、本当にありがたいよ。お米は馬がいないと運べないからな……」
「チャミダレアミタケ軍が勝ったんですよね?」
「もちろん」
「ずいぶんと時間がかかったんですね。でも、忍術学園の味方のチャミダレアミタケが勝てて良かったです!」
「本当に……。つい昨日、敵の城門が開いたんだ。事実上の落城だな」
「味方の被害がなくて、良かったあ。――でも、じゃあ、この物資は?」
「兵糧攻めは、時間がかかる。相手の城内はかなり飢餓状態なはずだ。学園にはその救済に物資を依頼したというわけだよ」
「炊き出しですね?」
「うん。私もこれからお手伝いに向かう」
「でも、どうして戦場だというのに物売りの格好をしているんですか?」
「ん?」
「いつものように男装じゃないし、帯刀もしていないようですし……。ぼく、名前先輩が戦場にいるとお聞きして、てっきり剣客として潜入しているのかと思っていました」
「これは立派な潜入捜査用の変装だよ」
「え? とうとう素手で戦えるようになったんですか? 名前先輩ならできそうですね!」
「ちがうちがう、小袖で戦なんか出来るか! なんか失礼だな」
いつもキリリと結い上げている黒髪は、今は背中に垂らされている。
「じゃあ?」
「――兵糧攻め中の軍隊は、包囲している方は暇なんだ。だから、商人や芸人が足軽たちを狙って、付近の村からたくさん集まってくるんだよ。攻め手に剣士は必要ないから、今回は『もちい売り』をしていたというわけ」
「もちい売り……」
そういえば、名前の目の前には炭櫃と餅があった。
戦場に六年生がいると言われると、戦に出ているのかと無条件に思ってしまう。日頃の行いのせいで。
「その場にいてもおかしくない者に化けるのが、潜入捜査の基本だ」
「じゃあ、ぼくはいざとなったら馬借に化けよーっと!」
「いや、団蔵のそれは本業だろうに。――ところで、団蔵はもう学園に戻るんだろう?」
「やだな、先輩。せっかく来たんだから、ぼくも炊き出し手伝いますよ!」
「でも授業は」
「よぉし、働くぞーっ」
「ああ、土井先生ごめんなさい……」
昨日、落城したばかりだという、その城の中では、生き残った者も悲惨だった。あちらこちらに、瘦せ細った兵士や民が呻きながら転がっていた。
籠城戦といえば聞こえは良いが、援軍の期待できない籠城戦は、絶対にしてはならない。
士気はすでにガタ落ちして、反逆するような覇気も見えない。
「でも先輩、どうして学園の先輩が決着のついたこの戦場に、まだとどまっているんですか?」
「実は、学園長の御指示で。第三国の暗殺者が、チャミダレアミタケ軍の将の首を狙っているらしいと」
「じゃあ――」
「勝利後が最も油断できない。団蔵、気をつけろよ。足軽や民の中に、敵の暗殺者が紛れているかもしれないから」
勝って兜の緒を締めよ、は決して冗談でも誇張でもない。経験談なのだ。
暗殺者が武将を狙うなら、このタイミングである。
「わかりました!」
「私は救援物資を炊き出し班に渡してくる。団蔵は少しここで待っていてくれ」
「はい!」
「とりあえず、お弁当食べちゃおうかな」
チャミダレアミタケの足軽たちが集まってきていた。
やがて、山城まで登るのだろう。
その城までの参道のそば。
手近な木陰で食事をしようと、木の根元に腰を下ろし――、ぐにっ、と何か柔らかいものを踏んづけた。「う、あ……」という呻き声がある。
「え」
「……うう」
「うわっ、ごめんなさい! 思いっきり踏んづけちゃった!」
団蔵の足首を痩せた腕がつかんだ。
かなり痩せている。もしかして、落城した大名に仕えていたのかもしれない。
「だ、大丈夫ですか?」
「なにか、食べ物を…………」
「わ、わかりました、俺の弁当をどうぞ! ただの握り飯だけど……」
「あ、ありがたいです」
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