事務員さんの一服
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「あ、ちょうどいいところに!」
遥が事務所に言いつけられた書類を持って訪れようとすると、小松田秀作が満面の笑みで寄ってきた。
そして、背中に訪れる。一抹の。
――嫌な、予感。
「待って、遥さん! どうして逃げるの!」
「小松田さん! あなた、なんで墨だらけなんです!」
「いや、だからさ、今ちょっとそこで説明するから事務所に入ってよ」
「な、なんだか寒気がするので失礼します」
「大変だ! じゃあ、暖かいものだすから、入って!」
いや、結構ですから!
そう叫ぶ暇もあればこそ。
意外に強い力でぐいぐいと事務所に押し込められてしまった。
事務室の中は、
「………なんですか、これは」
と呆気にとられるほど酷かった。散乱する書類と、壊された障子窓。
山積している本の山。
それから、どうやったら文机からここまで飛ぶというのか、油墨と硯。
「明日の休日に外出する生徒さんが、いっぱい来るって言うのに、いつの間にかこんなになってて…。困っちゃったんだ」
「お邪魔しました」
「待って、遥さんっ!」
踵を翻すと、素晴らしい反射神経でがっしりと腰を掴まれて動けない。
「ちょ…っ、放してください、小松田さんっ!」
「嫌だ、捨てないで、遥さんっ」
「馬鹿な事言わないでください!」
拾った覚えなど、まったくないぞ、このへっぽこ事務員!
遥が、ぎりぎり…とすがる秀作を放そうと試みるが、まったく秀作ははなれない。
この場で遥という戦力を逃がしたら、きっと自分は吉野主任に叱られる。それは、嫌だ。秀作の腕に力がこもる。
「ちょっと、そんなにしがみつかないで……わあっ」
「ぎゃあっ」
うっかりと、書類を踏んで、そのままずるっと転がる遥に、秀作も続く。
「え?」
「はにゃ?」
「なんだ?」
どたん、と事務所の中から重たい音がした。
たまたま通りかかったしんべヱと喜三太、そして作兵衛の三人は顔を見合わせる。驚いて事務所の中に飛び込むと――。
「はにゃ? 小松田さんに、遥先輩?」
「大丈夫ですかあ?」
「な、な、な…っ」
三人の目に飛び込んできたのは、密室で抱き合ってる二人。
いや、抱き合っているというよりは、――遥が小松田秀作に押し倒されている。
「あれ、どうしたの、用具委員会のみんな」
「吉野先生、いませんかあ?」
小首を傾げて用具管理主任の名前を出すと、秀作は、にぱっと笑う。
「今日は、午後から町に出てくるって半休を取られたよ」
「ちょっと、小松田さんっ、重いんですけど!」
いまだに遥の上でのんびりと語る秀作に、遥は怒鳴る。下敷きにしたことを、すっかりと忘れられていてはたまらない。
「ごめんごめん、遥さん、大丈夫?」
「大丈夫ですけど……、もうどいてください!」
着衣を直そうと遥は肩口まで下がっていた襟をただす。
「遥先輩、これどうぞ」
すると、ずっと沈黙を保っていた作兵衛が、おもむろに自分の着物を脱いで、衣服の乱れる遥に、ばさり、とかぶせた。
「富松作兵衛くん?」
「さ、さくべー?」
前に、留三郎と用具倉庫にいたときに、壮大な勘違いをされた事が鮮明によみがえる。
おそるおそると見上げれば。
ぎゅうっと握った苦無と、迷子捕獲用に持ち歩いている縄。
立ち上る威圧感は、すでに仁王を背負っているかのようだった。
「小松田さん、覚悟はいいですか」
作兵衛はそう言って、ごりっと奥歯をかみしめる。
「ま、待て、作兵衛っ!!」
「放してください、遥先輩っ!!!」
慌てて、がっつりと作兵衛を押しとどめるが、頭に血が上っている彼は始末が悪い。
「ほえ? 遥先輩、小松田さんと仲良しだったんですかあ?」
「喜三太っ、煽ってないでちょっと手をかしなさい!」
「どうしたの、富松君」
「小松田さん、ちょっと黙ってて! しんべヱ、作兵衛を止めて!」
藁にもすがる思いで、ぽかんと見ていたしんべヱに叫ぶと、彼はおおらかに笑う。
「わかりましたあっ!」
元気よく返事をして、しんべヱは作兵衛に覆いかぶさった。
ごきん
「さ、作兵衛?」
「止めました!!!」
若干いい音をさせて、作兵衛はとりあえず止まった。
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