稜線のこちら
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「な、名前!」
そう笑った七松小平太に、中在家長次はハッと視線をあげた。
「……あ」
返事は当然帰ってこない。
「………小平太、名前は」
「悪いっ、名前がいないの忘れてた!」
そう笑って小平太は頭をかいた。
苗字名前が、相模の風魔流忍術学校に留学すると言って出て行ってから、二か月もたっていた。
文の便りはない。
筆不精であるわけではないはずだが、同級生の二人には、一向に彼女から直接の文は届かなかった。
「んー、なんだか身体がなまってるなあ」
その言葉に、長次は顔を上げた。
小平太の笑顔はいつもと変わらない。
「私、鍛練してくるな!」
「………私も行こうか」
「いいや、走ってくるだけだから!」
いいや。その言葉で親友である彼の意向を知る。
小平太は、来ないでくれ、と言っていた。
「………」
長次は再び本をめくる。
一陣の風が動き、じじっと油の燃える臭いと音が残った。
苦しい、息をつぐ間もない。
呼吸が浅い。
小平太は、一気に山を駆け上がる。
満天の星の下に出た。
「あっちが、東か――」
山の稜線を視線でなぞり、小平太は自嘲する。
眺めていて帰ってくるものではない。
それでもこのはるか稜線の向こう、ずっと東には彼女がいるのだ。
――帰れなかったらどうしよう。
――帰ってきたいのか?
そう、笑って送り出したのは、二か月も前、まだ秋休みの前だった。
まさかずっと風魔においておくわけにもいくまい。一応、半年間という予定だった。何かあればすぐに呼び戻すだろう。
小平太がそう言うと、名前は首を振った。
そうじゃない、と。
名前が泣くのは珍しいことではない。
くだらないことで――小平太にしてみれば取るに足らないことを気にして――思いつめてくよくよとしているのを、知っている。
しかし、今回の場合はいつもの弱音とは違った。
「もし、帰れなかったら…」
もし、路傍に倒れたら。
もし、刃に倒れたら。
もし…。
そう、かき消えるように言った名前に、小平太は笑った。
学園の五年生が、今さら何を弱気なことを、と。
それから、小平太は笑う。
「帰れないなら、そこにいろ。私は立派な忍者になる!」
そう小平太が言った言葉に、名前はハッと顔をあげた。
立ち止まっている暇など、小平太にはないのだ。
立派な忍者になる。
名前を待っていては、やれないのだ。
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