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コーリング


日付が変わり、同時にスマートフォンが着信を告げる。
随分と遅い時間の着信に非常識だと眉を顰めて画面を見ると、久しぶりに目にした名前に驚いた。
慌てて通話ボタンを押して耳に電話を押し当てる。
「もしもし…?」
『ああ、もしもし、久しぶりだな』
随分聴き慣れた、けれどしばらく聴いていなかった、低く穏やかな声が届く。
「久しぶりだな、鬼龍…」
何故、こんなにうまく言葉が出てこないのだろう。たった半年だ、半年の時間が妙な緊張感を持たせてしまった。
「どうしたんだ?こんな時間に」
『悪ぃ、いや、蓮巳が起きてたことに、俺も驚いてはいるんだけどよ』
向こう側の鬼龍が、少し笑っていた。
それだけで何故かほっとする。
懐かしさと、安堵感。
「俺も一人暮らしを始めて、生活が変わったからな。大学の課題も、合間の仕事もある」
『そうだな、変わったよな、お互いの生活がさ』
21時に寝てたのにな、なんて、鬼龍がまた可笑しそうに、そして俺と同じように懐かしさを滲ませた声。
21時に就寝し、4時に起床する習慣はもう守れていない。近づけようとはしているが、どうしてもできないことの方が多い。
今も、大学の課題をやり終えそろそろ寝るかと思っていた正にその時だった。
しかし鬼龍は何のために半年も経った今、電話を掛けてきたのだろう。
もう一度問いかけるか、と「それで」と口にしたところで、鬼龍から先に言葉が出た。
『あ、ちげぇ、あれだよ、日付変わったからさ、蓮巳、誕生日だろ?おめでとうさん』
唐突だった。
思わず卓上カレンダーを見て、改めて時計を見て、けれど日付が変わってすぐに祝いの電話もらうなんてことは初めてで、どういうことなのか未だに飲み込めていない喉元から、とりあえず「ありがとう」と絞り出した。
『今帰りでさ、スマホ見たら丁度日付変わっててな。思い出したから、電話してみた、それだけだったんだ』
鬼龍らしくない、言い訳のようなそれ。
こんな時間までどこで何をしてのか聞いてみたい気もしたが、遊んでいたわけでもないだろう。こいつは本当に、自分より他人が大切な男だ。
「鬼龍、半年、会っていないな。アスレチックの撮影からだ」
『ん?ああ、そうだな。あの別れ際以来だ』
会うことは愚か、連絡を取るのも今日今この時が半年振りだ。
『よく考えりゃ、番号変わってなくてよかったぜ』
「それはお互い様だ」
俺に着信を告げた画面に、鬼龍の名前が出たこと。
たったの半年、されど半年。
今、鬼龍はどんな毎日を送っている?
生活以外にも、変わったところはないのだろうか?
一人になっても鬼龍や紅月を思い出すことは多かったが、毎日思うこともない。
けれど久しぶりにその声を聴けば、お互いの近況を確かめたくなる。
これで終わり、だなんて、そんな浅い付き合いをしてきたつもりもない。
「鬼龍、明日の夜…いや、もう今夜、が正しいか。予定はあるのか?」
『夜か?いいや、予定はねぇな』
期待を、してもいいだろうか?
「そうか。なら今夜、俺を祝いに、来てくれるか?」
あの日、成長した神崎を目の当たりにし、俺の『紅月』には、いつか再び巡り会う時がくるまで別の道を歩むと口にしたことに嘘偽りはない。
ただ、こんなにも早く、鬼龍が俺に寄り道してくれるだなんて思いもしなかった。
照れ臭く、嬉しい、俺の誤算。
『なんだよ、電話だけじゃ足りねぇって?』
からかうような鬼龍の声も、弾んで聞こえるのは気のせいだろうか?
『チョコレートケーキ、買っていく』
「ああ、楽しみにしている」
俺も鬼龍も似ているんだ、一度懐に入れた人間には、どうしても甘くなってしまうところが。

「鬼龍、ありがとう」
『ん、おめでとうな、蓮巳』

眠って起きて、またその夜には、今度は顔を合わせて言ってくれるのだろう、その優しい言葉を。

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