【平古場凛編】


「永四郎、俺のチャリ乗ってけよ」

日課の朝のジョギング中に眼鏡を壊した木手は、代えの眼鏡が出来るまで一日裸眼で過ごすはめになった。
テニス部員達が思いのほか気遣ってくれたおかげで、大きな支障を来たすこともなく一日を終えることが出来た。
そして今から眼鏡屋に行こうと校門付近に差し掛かったところで、平古場に声を掛けられた。

「平古場君、部活は?」
「永四郎の付き添い代表ってことで自主欠席」
「サボりたい口実でしょ?……甲斐君、今頃泣いてますかね…」
校舎を出る前、副部長の仕事をちゃんとしたら褒美をあげる、と甲斐と約束したばかりだった。この時点で、部員の監督不行き届きが決定した。

木手はそのまま歩を進めた。その後を自転車を押しながら平古場が追う。
「マジで永四郎のこと心配してるんだけど」
「一人で大丈夫ですから」
「でも、田仁志から聞いたぜ?石垣にぶつかったって」
「…あれはまだ感覚が慣れてなかったから…」
「シーサーに向って話してたとか…」
その言葉に、木手はピタリと止まる。
「………」

「な?誰か付き添った方がいいだろ?」

「明日、今日のサボった分含めて倍のメニューこなしてもらいますよ」
「わかったよ」
平古場は猫のように口端を上げ、笑った。


「しっかり掴まってろよ、永四郎」
校舎から暫く歩いたところで、平古場は木手を荷台に座らせた。
木手は平古場の腰に手をまわす。
見た目華奢な印象の平古場でも、さすがに運動部に所属しているだけあって思いのほかがっしりとしていることに、木手は内心驚いた。
「なんだかんだ言って、平古場君もテニス部員なんですね」
「なんだよ、それ。ていうか、永四郎、もっとくっついてもいいんだぜ?」
「…しませんよ」
平古場の見え見えの下心を、木手は軽く往なした。

障害物のない一本道の坂道を下る。心地よい風が平古場の髪を揺らす。
横に流れるさとうきび畑を見ながら、木手が呟く。

「…なんだか今日は色んな人が優しかった気がします」
独り言にもとれそうなその言葉を、平古場は聞き逃さなかった。
「そりゃそうだろ。永四郎、自分から助けてとか言わねぇタイプだろ?だから俺達、勘が鋭くなったつーか、ああ、今、永四郎困ってンな、ってのがわかるようになったんよ」
「そんなに困った顔してましたか?」
木手は、自分では思っても見なかった平古場の返答に、不思議そうな顔をした。
「してたしてた」
「…そうですか…」
「ホントはもっと頼ってくれとか思うけどな」
「今朝、田仁志君にも似たようなこと言われました…」
「あーそうかよ…」
折角の二人の時間なのに、木手の口から他の男の名前が出てくるのは平古場にとってあまり面白くは無かった。
平古場が不機嫌になりかけていたところ、木手がそれを払拭するような一言を放った。

「…でも、あの夏の日は本当に感謝しています。平古場君はもちろん、皆がいたから全国まで来れた。……ありがとうございます」

感情が篭ったせいか、木手の回していた腕に無意識に力が入った。
すると、急に平古場が自転車を止めた。
「ヤベ…腹痛ぇ…」
平古場がボソリと呟いた。
「…平古場君?」
どうしたのか、と平古場の様子を伺おうと首を延ばす。
「……!」
平古場の下腹部の違和感に気付いた木手は、思わず回していた腕を離した。
「ちょっと、平古場君!節操ないんじゃないの?!」
「や、今のは永四郎が悪ぃだろ」
「人のせいにする気ですか」
「だって、耳元であんなこと言われたら誰だって勃つだろ!?」
「往来で変なコト言わないでください!」
心なしか前傾の平古場に、木手は怒りを通り越して呆れていた。

「…眼鏡屋の前にトイレ寄らさして」

「勝手にどうぞ!!」

結局、木手は平古場を独り置いて眼鏡屋に向った。



翌日の部活では、眼鏡を新調した鬼主将の倍どころではない厳しい扱きが、平古場を待っていた―――