【甲斐裕次郎編】
「じゃあ、甲斐君、朝にも言いましたけど、今日の部活は眼鏡屋に行くため欠席しますから、副部長としてちゃんと仕事してくださいね」
今朝、日課のジョギング中に眼鏡を壊した木手は、一日を裸眼で過ごすはめになった。
そして、新しい眼鏡を買いに行くため、午後の部活を甲斐に託した。
「任せとけって!」
「…………」
ドン、と自分の胸を打つ甲斐に対し、木手は不安そうに溜息を吐いた。
「なんだよ、その溜息!」
「その甲斐君の任せとけ、が一番心配…」
「朝だってちゃんと副主将らしく仕事したぞ」
「結局最後は平古場君達と鬼ごっこしてたじゃないですか」
「…あ、あれは…凛君が…」
甲斐の覇気がだんだん落ちていく。
「とにかく、俺がいない間にテニス部の評判落とすようなことは絶対にしないでください」
「……うん…」
項垂れる甲斐に、木手は呆れ半分で苦笑した。
「まあ、でも、ここぞって時の甲斐君は頼もしいですから。ちばってくださいね」
柔らかく微笑まれ、一瞬面を食らう甲斐だったが、俄然やる気が出てきた。
「お、おう…!」
明らかに元気になった甲斐を見て、木手は無性に甲斐の頭を撫でたくなる衝動に駆られた。
「甲斐君、ちゃんと仕事出来たらご褒美あげましょうか?」
揶揄い半分でもあったが、結果的に仕事をきちんとしてくれれば良いと、そんな安易な気持ちで、木手は部室に向う甲斐の背中に声を掛けた。
「ご褒美!?」
その言葉に、目を煌めかせた甲斐が勢いよく振り向く。
本当に単純だと木手は内心思いながら、昇降口に向った。
「1年はランニング!2年は素振り!3年は……」
部員達に指示を出していく甲斐の姿を見て、田仁志が知念に声を掛ける。
「裕次郎…随分張り切ってンな…」
「さっき部室で“ちゃんと出来たら永ちゃんがご褒美くれるって!”とか言ってたぞ」
「は?子供の扱いだな…」
まるで馬の鼻先に人参をぶら下げるような木手の態度に、田仁志は甲斐を気の毒そうに見るが、本人が喜んでいるようであればいいか、と考えることにした。
‘人参’作戦効果かは定かではないが、今日の甲斐は脱線して遊ぶこともなく、至って真面目に、上級生として、主将代理としての仕事を全うしていた。
『へへっ、どーだ永四郎!俺だってやるときゃやるんだぜ!』
甲斐が誇らしげにコートを見渡して満足している横で、知念が甲斐に寄って来た。
「なあ、裕次郎…さっきから凛君がいないんだが…」
「え?」
そういえば、大体いつも固まって一緒にいる平古場の姿を見掛けないな、と漸く気付いた甲斐。
「あーーーーーっ!!りーーーんくーーーーーーん!!!!」
コート内に甲斐の絶叫が響き渡る。
翌日、甲斐は自分は仕事を全うしたと弁明したが、残念ながら木手からのご褒美は無しになったという……