【知念寛編】


昼休み、学食で食事をとる木手。
木手は今朝方、日課であるジョギング中に眼鏡を壊してしまい、代えの眼鏡が出来るまで今日一日を裸眼で過ごしていた。

「えーと…‘ゴーヤーづくし’は…」
券売機のボタンの文字を見るのも苦労する。
ボタンの位置を確認していると、後ろから自分ではない手が伸びて、該当のボタンを押した。
「あ、…」
振り向くと、長身の男が立っていた。
この背の高さは、顔がぼやけていても誰だか判別出来る。
「知念くん…」
「大丈夫か?永四郎」
「ええ。モノの認識は出来るので特に困ることはないんですけど、やはり文字は見えづらくて」
「…俺が持ってきてやる。お前は座ってろ」
「いいですよ、自分でやりますから」
「いいから!」
自分より背が高い故か、有無を言わせない圧力のようなものを感じ、木手は結局、適当な場所で知念が持ってくる膳を待つこととなった。


「ありがとうございます、知念君」
二人分の膳が揃い、木手が食べ始めようとした時、知念は徐に木手の方を器を取り上げた。
「ほれ、永四郎」
そして、木手の口元へおかずを掴んだ箸を持っていき、食べさせるというポーズをとった。
「……知念くん…」
意図を何となく把握した木手は、知念の突飛な行動に唖然とした。
「そこまで不自由してるわけではありませんから…自分で食べられます」
知念に悪気は無いのは承知なので、木手はやんわりと断る。
「………そうか…」
知念は何故だか寂しげな表情をして、箸を持った手を下ろした。

漸く落ち着いて食事が出来るようになり、暫く経った頃。
知念の視線に、木手が気付いた。
「…何ですか?」
よく見れば、知念の箸が止まっている。

「眼鏡無いとちゅらさんだな、永四郎」

「…!…っ…ゴホッ、ゴホッ…」
予期せぬ言葉に、木手は不覚にも喉を詰まらせた。
「永四郎?!」
その様子に慌てた知念が、木手の背後に回りこみ、背中を擦る。
「だ、大丈夫です…っ」
セルフサービスで持ってきた水を飲み、何とか落ち着きを取り戻す。
「…俺、変なこと言ったか?」
心配げに顔を覗きこむ知念。
「………いえ…」

知念の天然さには敵わないと、木手は痛感した。