【早乙女晴美編】
毎朝の日課でもあるジョギング中に眼鏡を壊した木手は、すぐに代えの用意が出来なかったため裸眼で過ごすはめになった。
朝練のため集まったテニス部員達は、いつもと違う木手の様子に興味を示した。
「永ちゃん、眼鏡どうしたん?」
「ちょっと諸事情で…」
「見える?」
木手の目の前で手のひらをヒラヒラと振ってみせる甲斐。
「まあ、なんとか…」
「でも、学校来る時も石垣にぶつかったり、シーサーに話しか…」
「田仁志くん!…余計な事は言わなくていいです」
近所のよしみで一緒に登校した田仁志が、来るまでの出来事を語ろうとした時、間髪を入れずに木手が遮った。
モノがぼやけてはまともな打ち合いは出来まいとさすがの鬼監督も木手の事情を汲んで、基礎体力等の別メニューを用意した。
コートから外れた隅でストレッチやダンベルで筋力づくりをしている木手。
その横のベンチに、早乙女がドカリと腰を下ろした。
「それにしても、いつも気を張って生活してそうなお前が眼鏡壊すなんてな…」
早乙女は端から心配する素振りもなく、むしろ面白がっている風にくつくつと笑った。
「下品な笑い方しないでくださいよ、早乙女監督」
「下品ってお前…それが監督に対する態度かよ」
「監督らしい態度をしてくれたら、こっちだってそれ相応の態度を示しますよ」
「チッ…ホント可愛げねぇガキだな…」
早乙女が吐き捨てた唾に嫌悪感を表しつつも、木手は無視を決め込んだ。
コートでは副部長である甲斐が木手の代理を任され、張り切っている。
暫くコートを眺めていた早乙女が、顔はそのままで木手に話しかける。
「なあ、お前…コンタクトにしたらどうだ?」
「何ですか、突然」
唐突にかけられた言葉に、木手は動かしていた手を止める。
「いやよ…その方が年相応にみえると思って」
「はあ?気持ち悪いこと言わないでくださいよ」
早乙女が珍しくどう喝以外の言葉を発したにも関わらず、木手は一蹴した。
その態度に只でさえ不機嫌な顔の早乙女が益々顔を渋くする。
「てめぇ…やっぱ可愛くねぇ…!」
それが照れ隠しだとお互い理解しつつも、素直になれない不器用な二人だった。