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今日の三井寿は調子が良かった。

毎朝の浜辺でのトレーニング。
この日は同級生の木暮と一緒だった。

「三井ぃー!LAP2秒縮まったぞぉー」
3セット目の往復ダッシュを終えたところで、木暮が手を振り呼び掛ける。
受験勉強のため図書館に行く途中だった木暮は、浜辺で三井の姿を見掛け、少し時間があるからとタイムキーパー役を買って出てくれていた。

「2秒かよ」
少し高くなった砂地に座っている木暮の所まで来た三井は、隣に並び、側に置いていた飲み物を手にする。
「2秒でもすごいよ。その差で1ゴール分決まるし」
「…まあな…」
三井自身、残り数秒で明暗が分かれる試合を幾度となく経験してきたことを思い出す。

「セットごとのタイムも開きが無くなってきてるし、スタミナ付いたんじゃないか?」
自分の事のように満面の笑顔で喜ぶ木暮を見て、三井はみぞおちのあたりがムズムズするような感覚を覚える。

「…なあ、図書館行くの何時だっけ?」
「10時だけど?」
「このセット終わったら、一緒に朝メシ食うか?」
「………」
予想していなかった三井の言葉に、木暮は黒目がちの瞳を丸くするが、すぐに表情を柔らかくした。
「へへへ…」
「何だよ」
「三井と朝食なんて、嬉しいなと思って…」
「…お前…」
はにかむ木暮が最強に可愛いと、三井は心の内で呟いた。
そんな気持ちを誤魔化すように立ち上がり、横目で木暮の様子を伺う。
木暮は、急に立ち上がった三井の行動に対して不安そうな表情で見上げていた。

愛しいと思った姿は一瞬で過去になる。

確かに、2秒でも侮れない数字だな…と三井は改めて思った。

「んじゃぁ、木暮のためにちゃっちゃと終わらせて、メシの時間増やしてやるかぁ」
「えっ?!そんなつもりで言ったんじゃ…」
木暮が慌てて否定する。
「さっきのタイム切ったらドリンク奢れよっ!」

三井は不敵な笑みで応えると、力強く砂地を蹴った。

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今日の木暮公延は運が良かった。

少し大きめの図書館で勉強しようと思い立ったのが起床してカーテンを開けた時の事で、駅まで遠回りになるが、海岸沿いを通りたくなったのが数分前の事だった。

海風が心地好く頬を撫で、寄り道も悪くないな…
と思っていた矢先、浜辺で走る見知った姿を見掛た。木暮は自転車のブレーキを力強く握り、急停止させる。

「三井ぃー!」
声を掛けた相手は走っていた足を止め、手を上げて応えた。
木暮は自転車を邪魔にならない場所に置き、三井の所まで掛け寄った。

「こんな朝からどうしたんだよ」
三井は既にかなりの運動量をこなしていたようで、汗が額から滴り、形の良い顎をなぞった。
「ちょっと遠くの図書館行こうと思って…少し時間あるから海辺通ってたら、三井が居たから声掛けちゃった」
思わぬ出会いに木暮は喜び、それは声の調子からも伺い知れた。
「……なら、一緒に走るか?」
「えっ?…今…?」
そもそも図書館に行く予定だったので動き易い格好はしておらず、木暮は返答に困った。
「何だよ。折角声掛けたんなら付き合えよ」
このまま何も言わないでいると、強引に走らされそうだと木暮は慌てて言葉を発した。
「あ!タイム計ろうか?自分の状態、可視化した方が良いだろ?」

ーー 折角なら
ーー 一緒の時間を共有したい

そう思っての提案だった。


走る三井を視線で追いながら、木暮は試合中の姿を思い浮かべていた。

控えベンチからの眺めと似た光景。
一緒のコートに立てたのが数えるほどしかなかったのが寂しいが、だからこそなのか、僅かな時間でも共有出来るのが嬉しいと感じていた。

三井は、元々備わっている実力を差し引いても、春先から着実に勘も体力も取り戻しつつあった。
本人に自覚があるかはわからないが、自責の念が自信に変われば、もっと高みへ行けるのではないかと、木暮は考えていた。

「このセット終わったら、一緒に朝メシ食うか?」
三井からの珍しい提案に、木暮は最初耳を疑うが、今日は本当に良い日だと、自分の顔がふやけるのがわかった。

「何だよ」
よっぽど酷い顔をしていたのだろう
三井が訝し気な表情で見つめる。
「三井と朝食なんて、嬉しいなと思って…」
木暮は言葉通り、嬉しさのあまりつい口に出てしまったが、三井が急に立ち上がったので、その言葉で機嫌を損ねてしまったかと不安になった。
三井と数秒ほど視線が合った気がした。
「んじゃぁ、木暮のためにちゃっちゃと終わらせて、メシの時間増やしてやるかぁ」
不敵に笑った三井を見て、木暮は、初めて出逢った頃を思い出していた。

宣言通り、三井の最後のLAPタイムはこの日の最速を記録した。
「…本当にすごいよ、お前は」
ルーズリーフに数字を書き込みながら、木暮は感慨深げに呟いた。
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