珍しく午後の部活が休みとなった柳生は、帰りのＨＲが終わって早々に帰り仕度をしていた。
そこへ、柳が明日の朝の部活時刻変更を知らせに声を掛けてきた。

「大体の者に伝達は済んだのだが、雅治だけがどうしても捕まらなくてな…比呂士、すまないが見かけたら伝えてくれないか」
「…ええ」
柳生は笑みを作って了解の意志を表した。



「仁王君は、とっくに帰ったかもしれないですね…」
心当たりのある場所を一通り探してみたが仁王は見当たらず、諦めて昇降口に向かっていた。

その時だった。

仁王と思しき後ろ姿が、前方の廊下の角を曲がっていくのが見えた。
柳生は足早に近づいていった。

「仁王君、お話があります…におっ…！」
柳生が角を曲がりきった瞬間、後ろから口元を押さえられ、近くの教室内に連れ込まれた。

「なんじゃ、ヒロか」
仁王は自分の予想に反した人物であった事に面食らいつつ、心なしかホッとしたような表情で柳生を見た。

「におっ…！」
「しっ、黙っとれ」
柳生が反論しかけたのと同時に、口元に人差し指を当てられ、柳生はグッと言葉を飲み込む。
仁王と柳生以外は誰も居らず、静まり返った教室内で耳を澄ませば、女生徒の声が近づいてくる気配があった。
仁王は柳生を後ろから抱く形で、教壇の下に隠れた。

「雅治―、いるの？！もうっ何処行ったのよ！？」

教室のドアが勢いよく開かれ、女生徒の声が教室内に響いた。
柳生としては隠れる道理がないのだが、成り行き上息を殺してその女生徒が去るのをただただ待った。
「仁王君居た？」
教室のドアを開けた女子とは別に、後から２、３人の女子の声が加わった。
「全く、雅治ってば部活休みなら一緒に遊んでくれたっていいのに…」
「あんた、いいように扱われてんじゃないの？あいつ、女子泣かすって有名じゃん」
「そんなことないよ！いつも優しいの！」
顔は見えなかったが、仁王の彼女とその友達だろうと柳生は推測した。
彼女達は話をしながら、その場を去っていった。
時間にすればほんの数分に過ぎなかったが、柳生には長く感じていた。
その間、仁王の心臓の音がやけに耳につき、変に緊張もしていた。


「ったく、ちょっと優しくしただけでカノジョづらすんなっつーの」
自分の身の安全を確信したからか、仁王が口火を切った。
柳生はその声にハッとして、身じろぐ。
「仁王君、もういいのでしょう。離したまえ」
しかし、仁王の腕の力は一向に緩まなかった。
「は～ぁ、ヒロがカノジョだったらチョー楽なんだけどな…」
甘えた口調で、仁王は柳生の肩口に額を乗せる。
柳生は一瞬反応したが、すぐに平静に答えた。

「…私は、仁王君が思っているほど優しくも扱い易くもないですよ」
その言葉に対し、仁王は口端を上げて笑う。
「わかってンよ。じゃなきゃ俺が好きにならねーもん」
そう言って仁王は柳生のうなじに口付けした。

「……っ！！」


これに驚いた柳生は、教壇に頭をぶつけた。

普段は冷静な柳生の慌てふためくその姿を見て、仁王は思わず声を上げて笑った。