眼鏡夫婦

青春学園中等部男子テニス部の部長、手塚国光が最近密かに楽しみにしていること。
それは、部活終了後、部員が帰った後も部長として行う雑務をするため最後まで残り、一人になる時間帯。

部室の戸締りをした後、手塚は校門ではなく部室裏に向った。
夕方の薄暗い部室裏の陰で、手塚はしゃがみ込み、鞄から一つのビニール袋を取り出した。
すると、袋の音に反応したのか、植木の陰から子猫が顔を出した。
子猫の存在を確認してほっと息を吐く手塚。
手塚はビニール袋の中身を手に取り、子猫に与えた。
「また明日な」
子猫の頭をひと撫でしてから手塚がそう言うと、子猫は手塚の言葉に応えるかのように「ニャ」と鳴いた。

校門に向かうと、同じ部活仲間である乾貞治が本を片手に立っていた。
手塚の存在に気付き、乾は顔を上げてに笑顔を見せる。
「…まだ居たのか」
「だって、手塚と毎日帰りたいもの」
この長身のチームメイトには、他の部員よりはいくぶん心を許してると自覚のあった手塚だが、それでも、子猫のことは内緒にしていた。


手塚がこの猫に会ったのは一週間ほど前。
最後の戸締りをして帰ろうとした時、足元に擦り寄ってきたのが始まりだった。
疲労した部活後には、子猫の存在は多大な癒し効果をもたらした。



数日後、この日は顧問の竜崎と副部長の大石の三人で定例的な打ち合わせがあった。

いつもより部室を出る時間が遅くなった手塚は、子猫のことが気になって仕方がなかった。
一緒に帰ろうかという大石の誘いを断り、急いで部室裏に向った。

そこには、毎日手塚の終業まで待っていた乾が蹲っていた。
「乾…今日も待っていたのか?」
手塚の声に、乾が振り向く。
「言ったろ?毎日手塚と帰りたいって」
乾の言葉に半ば呆れていると、本来の目的を思い出し、子猫の姿を探す。
視線が彷徨ってる手塚をみて、乾は何かに気付く。
「もしかして、この猫ちゃん探してる?」
「え?」
乾の足元をみれば、手塚が毎日会っていた子猫がいた。
子猫はすぐに手塚の方へ走り寄った。
「何だお前、手塚の方が好きなのか?毎日遊んでやったのに」
子猫の態度に、乾は不服の意を表す。
「乾もこの猫知っていたのか?」
「も?」
「…あ、いや…」
子猫と会っていたことを内緒にしていた手塚は、言葉を取り繕った。
「どうやら、手塚も毎日遊んであげてたみたいだね」
しかし、子猫の懐き具合から乾にはバレてしまったようだ。

今更隠す必要もなくなったと手塚はいつもの袋を鞄から取り出した。
「部活後にこいつと会ってな。毎日会うのが楽しみになっていた」
子猫に餌をあげながら手塚は答える。
「俺は手塚を待ってる間に会ったよ。俺の後に手塚のところへ行ってたのか」
乾が子猫の頭を撫でようと手を伸ばしたら、すかさず前足ではたかれた。
「…今日から俺のライバルだな。手塚は渡さないぞ」
乾は脅すような低い声で威嚇した。
「…猫と張り合うな、バカ」
乾の言動に呆れながらも、手塚は珍しく笑みを深めた。
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