眼鏡夫婦

手塚の家に初めてばれた俺は、些か緊張をしていた。
なにせ、手塚の家は、俺と同じ区内に住んでいるとは思えない程浮き世離れしていたからだ。

重要文化財じゅうぶんにでもなりそうだな…」
「そんな立派なものじゃない」
「いやいや、この古さと様式はどこぞの旧家とも引けを取らないって」

門を潜り、石畳を歩きながら、手塚の容姿のように整然とされた庭を見やった。
まず初めに眼に付くのは、庭の半分を占める一本の松の木。

「良い松だね」
「若いの、あれの良さがわかるのか?」
背中から突然掛かった声に驚いて振り向くと…

手塚の厳格さはここから継がれているのかと思わず納得する、如何にも厳しそうな御老体(と言ったら怒られるだろうか)が盆栽挟みを片手に俺達の背後にいつのまにか立っていた。

「お祖父じいさま…」
「国光、級友か?」
「…はい。部活仲間です」
「初めまして。乾貞治と申します」

ひと通りの紹介が終わった後、手塚のお祖父じいさんは俺に直接訊ねて来た。
「木が好きなのか?」
「いえ…知識として少しかじっている程度です」
「それでもアレを一目見て良いと言ったのは、庭師の棟梁とお前だけだ」
「それは光栄ですね」
「まあ、立ち話もなんだ、上がりなさい」
「は、はぁ…」

そして、お祖父さんと松談義。
正直、邪な想いで来た俺には、手塚と二人きりになれなくなってがっかりもしたけれど、俺とお祖父さんの話を飽く事なく必死に聞き入ってる可愛い手塚の姿を見たらそうも言えなくなった。


「今日は悪かったな…」
気付けば19時。結局、手塚との甘いひとときも無いまま帰る時刻となってしまった。
「…お祖父さまの話は長いからな…」
「いや、俺は結構楽しかったよ?」
「そうか…お祖父さまがまた来いと言っていたぞ。随分気に入られたな」
「そう。是非また呼んでよ」

俺は、手塚が一瞬見せた寂し気な表情を見逃さなかった。
「今度は手塚も話せる釣りの話とかする?」
「…フン…付け焼き刃の知識で話せるものか」
「でも今日、お祖父さんとは話せたよ?」

手塚はグッと押し黙る。

「……お、俺はそうはいかないぞ。精々恥をかかないようにメモしたノートでも持って来るんだな」
そういう手塚の顔は心無しか嬉しそうだった。

俺は次の手塚家訪問の約束を取り付けた。
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