眼鏡夫婦

今日は乾の家でのんびり過ごす筈………だった。


乾家のインターホンが鳴ったのはお昼頃。
一緒に昼食を取ろうとしかけた時だった。
「宅配便とかかな…」
乾が席を立ち、インターホンのテレビ画面を覗く。

「………手塚…」
乾はクスリと笑った後、手招きして俺を呼んだ。
「どうした?」
誰が来たのだろうかと、俺も席を立って傍に寄ろうとしたのと同時に、ドアを叩く音がした。

「コラ~~おるのはわかってるンやで~早よ出て来んかいっ」
どこかで聞いたような関西弁。
嫌な予感がし、テレビ画面を覗くと、肩に届くぐらいボサボサに伸ばした髪に丸眼鏡の男が、乾家のドアを叩いている。

「……侑士…?」

既に乾が玄関まで行き、ドアの鍵を外して開けている。
「いつまで客を待たせる気や。さっさと開けんかいっボケぇ」
「…呼んだ憶えは無いんだけど?それにその、取立屋みたいな大声で叫ぶのも止めてくれないか」
「ジブンが早よ開けンからやろ?」

侑士はズカズカと家の奥まで入り、俺を見付けるなり駆け寄って来た。
「うわぁ~ん、国光っちゃぁ~ん。怖かったやろ~?こない男の家で二人きりなんて…」
子供でもあやす様に、頭を撫でてくる侑士の手を外し、俺は睨み付ける。

「何で来たんだ?」
「電車で」
「…そうじゃなくて…」
「あ、国光っちゃん、そこは“ちゃうやろっ”ってツッコミ入れてくれなきゃ…」
侑士は手の甲で俺の胸辺りを叩き、漫才のツッコミのジェスチャーをした。

「何しにうちに来たんだ?」
さり気なくフォローしてくれた乾は、侑士の分の食事も出して着席を勧めた。
「そら、国光っちゃんと遊ぶためやがな」
侑士は当然とばかりに俺の隣に座り、テーブルに出ていたサラダを頬張りながら答えた。
「…すると、知らない筈の俺の家に来たのは、手塚と遊ぼうと手塚の家に行ったら手塚は俺の家に遊びに行ったと聞き、彩菜さんか誰かしらからここの住所を訊いてやって来た…そういう事かい?」
「そんなとこや」
家に帰ったら侑士に教えた奴を怒ろうと、パンを齧りながら思った。
「フン。遊ぶ、うたかて男二人、部屋に閉じ篭って何すんだか…」
「い、乾とは…話してるだけでも、た、楽しいぞ…っ」
別にいつもやましい事をしている訳ではないと、弁解のつもりだったが、乾と侑士は御互い固まってしまった。その理由は二者二様であったが…。

「手塚…手塚の口からそんな事が聞けるなんて…嬉しいなぁ…」
「~~~国光っちゃん、騙されとるっっ。国光っちゃんが純真無垢だからってつけ込みよって…」
「侑士!」
いくら侑士でもそれは乾に対して無礼だと思った。
侑士はビクッと肩を強張らせ、大人しくなった。
しかし、しゅんと項垂れてしまった侑士に言い過ぎたかと狼狽していたら、また乾がフォローしてくれた。
「別にいいよ、手塚。……あのさ、忍足は俺のどこがそんなに嫌いなわけ?」
「国光っちゃんが好きなトコや」
「なるほど…簡単に言えば、嫉妬しているわけだ」
「…!!…なっ、んなわけ無いやろ?!何で俺が嫉妬せなあかんのや」
口端だけ上げて笑みを作る乾に対し、いつもは口で負けない侑士も及び腰だった。

「…でも、俺は君に嫉妬してるよ?」
乾は相変わらず笑みを湛えて、でも少し声のトーンを落として言った。
「俺の知らない幼少の手塚を知ってるからね」
「……乾…」
俺も初耳だった。
うちに来ては母さんがアルバムを広げて、言わなくてもいい事まで話したりして、小さい頃の俺の話は聞いている筈だ。だが、その場に居なかったという点では知らないという事になるのだろう。
「ふ、ふんっ。せや、羨ましいやろ。国光っちゃんとは赤ん坊の頃からの仲やからな~」
どうやら侑士は乾の優位に立ったと気を良くしたらしい。
何だかんだと言いながら、その後、3時のおやつまで食べて行き、結局、俺と一緒に帰る事となった。


帰り道、侑士は俺の手を繋いできた。
「……侑士…」
「ええやん。小っさい頃もこうして帰ったりしたやろ?」
「…小さい頃はな。…しかし…」
「あいつとは手ェ繋ぐくせにか?」
「!!……な…っ…」
何でお前が知ってるんだと言いたかったが、動揺して口がパクパク動くだけだった。
「ホンマ国光っちゃんはわっかり易いなぁ~。カマかけただけやのに」
侑士は「ふふん」としたり顔で俺を見る。
こういう所、乾と似てなくもないなとぼんやり思った。

「…侑士…本当に乾の事嫌いなのか…?」
俺は、今日、乾に文句言いつつも、それなりに会話が出来ていた侑士を見て、3人で遊ぶのも悪くないなと感じた。
侑士は目線を逸らして俯き、ボソボソと答えた。
「…嫌い……やないよ…。国光っちゃんの好きな奴やもん…」
「だったら、仲良く出来ないか?」
侑士は数秒ほど沈黙したが、暫くして口を開いた。
「…なんか…悔しいねん。小っさい頃からずっと国光っちゃんの隣におったのに…それをヒョイとあのメガネにかっ攫われたみたいで…やっぱあいつの言った通り嫉妬してんやな…」
俺はさらに俯いた侑士に、何て声を掛けたら良いか迷った。
「…あ、安心しろ…侑士の場所はちゃんとあるから…」
そう言って侑士の手を握り直した。
「ホンマにぃ?!」
「あ、あぁ………って抱きつくなっっ」
とっさに言った言葉だったが、侑士の機嫌が直ってくれたようでその場はとりあえず安心した。


その後、何度か3人で遊ぶようになって、乾と侑士の趣味が合う事が判明し、俺が嫉妬するハメになるのはまた別の話……
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