眼鏡夫婦
「乾君ってかっこ良くない?」
「…どこが…?」
クラスの女子に突然ふられた話に、俺は即答していた。
「背ぇ高いしぃ」
――あれぐらいならバスケ部にたくさんいるだろう…
「眼鏡が不気味で何考えてるかわからないけど…」
――確かに…
「そこがまたミステリアスで良いのよね…」
恍惚と語る女子…
女子の考える事はわからんな…
「だからお願い!!」
両手を顔の前で合わせ、頼み込む仕草。
「?」
「乾君の好きなものとか聞いておいてくれない?」
「…って言われたんだけどな…」
放課後の部活終了後、日誌を書いていたら乾がまだ残っていたので、作業しながらその出来事を話してみた。
「それで?」
「…え?」
てっきり女子に好かれ喜ぶかと思ったが、思っていた反応と違い、少し戸惑いを覚えた。
「手塚は何も思わなかったの?」
もくもくと帰り支度をしながら、淡々と問う乾。
「何も…って?」
バタンッとロッカーの扉が閉まる。
…何だろうこの空気…
「…何で俺に聞くんだろう…とか……」
「それだけ?」
「……そういえば俺も…乾の好きなもの知らなかったな…と、か…」
「………………」
乾は何でこちらを見てくれないんだ?
俺は何か気に障るような事を言ったのか?
「…っ……」
呼ぶための名前も上手く口に出来ない。
乾の広い背中が静かに…
――怒ってる…?
「あのさ、手塚…」
乾がやっと振り向いてくれた。
でも、何かに驚いてる様子だ。
「手塚っ!?」
慌てて駆け寄ってくる。
俺の前でしゃがんで目線を合わせ、心配そうに覗き込んでくる。
「どうしたんだ?」
「?」
「なんで泣いてるの?」
「…あ、…」
自分が涙を流している事にやっと気付いた。
「別に、泣いてなんか…」
「泣いてるじゃないか」
節くれだちながらも、温かい手が俺の頬に優しく触れる。
「…だって…乾が…」
「俺?」
「…怒るからだろう…」
「はぁ?!」
乾は眉根を寄せて、珍しく素っ頓狂な声をあげた。
「手塚…俺がいつ怒った?」
「……今」
頭を抱える乾。
「怒ってないよ」
「…怒った」
「怒ってない」
不毛なやり取りが続く。
「…手塚……」
乾は深く溜息をつくと、よしよしと宥めるように、俺の頭を撫でてきた。
そうしたら、今まで抑えていた感情が溢れ、さらに涙がこぼれた。
「…俺が…女子にお願いされた事を話したら…黙って…振り向いてくれなくて…だから…怒らせたんだと思って…」
「……確かに、怒りたくはなったけど…」
「やっぱり怒ってたんじゃないか」
俺は涙を返せと言わんばかりに睨み返した。
「俺、手塚に言わなかったっけ?『好きだよ』って」
唐突に振られた乾の言葉に、俺は記憶の糸を辿ってみたが、何度も言われていた言葉だけに、慣れてしまい聞き流していた。
「……言われたかもしれない…」
「………………」
乾はさっき以上に落ち込んでいる。
「乾?」
声をかけると、いきなり目の前が暗くなり、唇に温かいものが触れた。
「…っな……!?」
「手塚が覚えるまで何度でも言うよ。俺は手塚が好き。好きで好きで大好きで、この世で一番手塚の事が…」
「…ぅ…あ…もういい…憶えた…」
俺の瞳をまっすぐ見て、放っておけばいつまでも続けられそうな睦言を、俺は照れ臭くなって制止した。
「だからね、俺の好きな手塚の口から他の人の話を聞くのは切なくなるんだよね…」
分厚いレンズの眼鏡のせいで相変わらず表情はわかりにくかったけれど…
苦笑交じりのその声は、微かに震えている気がした…
「…わかった…もうこういう事は言わない…」
乾はまた俺の頭を撫でてくる。
「女子にいくら頼まれたからって、何でも引き受けないでね」
「…でも……」
「俺の好きなものは『手塚国光』くん唯一人なんだから。女子にそう答えられる?」
「…できない…」
乾は満足そうに笑って、もう一度唇に触れた。
