眼鏡女王
昼どきの琉球南小学校。
給食を食べ終わった者から次々と膳を片付け、校庭へ駆けて行く子供達。
そんな中、未だ机の前に膳が乗っている少年がいた。
「木手君、食べないの?」
給食当番の田仁志が戻された食器等を片付けている最中、木手と呼ばれた少年の箸が進んでいないことに気付いて声を掛けた。
「…………」
木手は俯いたまま泣きそうな顔をしている。
何故箸が進んでいないのか、田仁志は木手の顔と木手の前のおかずを交互に見、一つの結論を導き出した。
「…ゴーヤー、嫌いなの?」
主食、デザート、牛乳は既に食べ尽くされていたが、おかずのゴーヤーチャンプルーだけが未だ皿に残っていた。
「…………」
木手は無言で頷いた。
いつまでも皿を見つめたままでいる木手に、食べずに残す――田仁志にとっては考えられない行為ではあるが――という選択肢もあるだろうにと田仁志はぼんやり思ったが、日頃から模範的な生活をしている木手にとっては、好き嫌いがあるということを恥じているのだろうと考えた。
「俺、食べてあげよっか?」
田仁志がこっそりと耳打ちする。
木手は弾ける様に顔を上げた。
どことなく安堵したようにも見える木手の表情に、田仁志は自分の読みが当たっていたと確信した。
「皆には内緒な」
そう言うや、ものの数分でおかずを平らげた田仁志は、そのまま木手の膳を片付けてくれた。
「田仁志君、ありがと…」
田仁志の背中越しに木手は声を掛ける。
消え入りそうなぐらい遠慮がちな声だったが、田仁志は木手に振り向き、歯をみせて笑った。
「木手君、今度うちに遊びにおいでよ」
「田仁志君ち?」
「うちの父ちゃんのチャンプルー食ったら絶対好きになるから」
苦手なものを薦められるのはあまり気乗りしなかったが、好き嫌いを極力無くしたいと思っていた木手は、素直に了承した。
「じゃあ、今度の日曜日」
約束の日曜日。
初めて訪れる田仁志の家に、木手は些か緊張していた。
居間に通されると、田仁志の父親がキッチンから顔を出し、田仁志と同じ歯を見せて笑い出迎えた。
「どうぞ」
木手の目の前にゴーヤーチャンプルーともずくスープが並べられる。
田仁志はニコニコしながら木手が食べる様子を伺っている。
田仁志の父親も傍に居るだけに、木手は覚悟を決め、チャンプルーを口にした。
「……苦くない…」
「だろ?」
田仁志が嬉しそうに身を乗り出す。
「…美味しい…」
木手は自然と二口めに手を伸ばした。
あんなに嫌いなゴーヤーだったのに箸が進む。
「白い部分を極力取って薄くスライスすれば、苦味はさほど気にならなくなるよ。あとは味付け次第かな」
田仁志の父親の一言に得心しながら、木手は料理を完食した。
帰り道、途中の道までと田仁志が木手を見送ってくれた。
「ゴーヤーがあんなに美味しいって知らなかった」
「父ちゃんの腕にかかれば何でも美味いぜ」
自分の事のように話す田仁志の姿に、思わず口元が綻ぶ木手。
「…また…田仁志君ちに遊びに行ってもいいですか?」
「ああ、いつでも来いよ!ゴーヤー以外に嫌いなもんあったら克服してやるぞ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべる田仁志。
「そんなに無いですよ」
木手は少し拗ねたような表情を見せたが、すぐに笑顔になった。
「うえっ…永四郎、またゴーヤー食ってる…」
昼どきの比嘉中学校。
学食でゴーヤー定食を食べる木手に、平古場が嫌そうな顔で呟く。
隣の甲斐も見るのも嫌というぐらい渋い顔をしている。
「何ですか?好きなものを食べてたらいけないんですか?」
二人のゴーヤー嫌いはいつものことだと、しれっと答える木手。
「君達も田仁志君ちのお父様の料理を食べみたらどうですか?好きになりますよ」
自分の名前を呼ばれ、会話に加わる田仁志。
「おう。凛も裕次郎も騙されたと思って父ちゃんの料理食ってみ」
「そうは言ってもなぁ…嫌なもんは嫌だし…」
平古場と甲斐は顔を見合わせて、嫌気が差した顔をする。
「これは時間を見つけてでも克服してもらわないと」
「いつにする?父ちゃんに予定聞かないと」
木手の言葉に田仁志は面白がって乗っかった。
「おい!俺達田仁志んち行く気なんてねぇぞ。勝手に決めんなっっ!!」
当の本人を置いて話しを進める木手と田仁志に、平古場と甲斐は慌てた。
しかし、木手は二人の悲鳴にも近い抗議を無視する。
「そうですね…」
木手は微かに口端を上げた。
「今度の日曜日」
給食を食べ終わった者から次々と膳を片付け、校庭へ駆けて行く子供達。
そんな中、未だ机の前に膳が乗っている少年がいた。
「木手君、食べないの?」
給食当番の田仁志が戻された食器等を片付けている最中、木手と呼ばれた少年の箸が進んでいないことに気付いて声を掛けた。
「…………」
木手は俯いたまま泣きそうな顔をしている。
何故箸が進んでいないのか、田仁志は木手の顔と木手の前のおかずを交互に見、一つの結論を導き出した。
「…ゴーヤー、嫌いなの?」
主食、デザート、牛乳は既に食べ尽くされていたが、おかずのゴーヤーチャンプルーだけが未だ皿に残っていた。
「…………」
木手は無言で頷いた。
いつまでも皿を見つめたままでいる木手に、食べずに残す――田仁志にとっては考えられない行為ではあるが――という選択肢もあるだろうにと田仁志はぼんやり思ったが、日頃から模範的な生活をしている木手にとっては、好き嫌いがあるということを恥じているのだろうと考えた。
「俺、食べてあげよっか?」
田仁志がこっそりと耳打ちする。
木手は弾ける様に顔を上げた。
どことなく安堵したようにも見える木手の表情に、田仁志は自分の読みが当たっていたと確信した。
「皆には内緒な」
そう言うや、ものの数分でおかずを平らげた田仁志は、そのまま木手の膳を片付けてくれた。
「田仁志君、ありがと…」
田仁志の背中越しに木手は声を掛ける。
消え入りそうなぐらい遠慮がちな声だったが、田仁志は木手に振り向き、歯をみせて笑った。
「木手君、今度うちに遊びにおいでよ」
「田仁志君ち?」
「うちの父ちゃんのチャンプルー食ったら絶対好きになるから」
苦手なものを薦められるのはあまり気乗りしなかったが、好き嫌いを極力無くしたいと思っていた木手は、素直に了承した。
「じゃあ、今度の日曜日」
約束の日曜日。
初めて訪れる田仁志の家に、木手は些か緊張していた。
居間に通されると、田仁志の父親がキッチンから顔を出し、田仁志と同じ歯を見せて笑い出迎えた。
「どうぞ」
木手の目の前にゴーヤーチャンプルーともずくスープが並べられる。
田仁志はニコニコしながら木手が食べる様子を伺っている。
田仁志の父親も傍に居るだけに、木手は覚悟を決め、チャンプルーを口にした。
「……苦くない…」
「だろ?」
田仁志が嬉しそうに身を乗り出す。
「…美味しい…」
木手は自然と二口めに手を伸ばした。
あんなに嫌いなゴーヤーだったのに箸が進む。
「白い部分を極力取って薄くスライスすれば、苦味はさほど気にならなくなるよ。あとは味付け次第かな」
田仁志の父親の一言に得心しながら、木手は料理を完食した。
帰り道、途中の道までと田仁志が木手を見送ってくれた。
「ゴーヤーがあんなに美味しいって知らなかった」
「父ちゃんの腕にかかれば何でも美味いぜ」
自分の事のように話す田仁志の姿に、思わず口元が綻ぶ木手。
「…また…田仁志君ちに遊びに行ってもいいですか?」
「ああ、いつでも来いよ!ゴーヤー以外に嫌いなもんあったら克服してやるぞ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべる田仁志。
「そんなに無いですよ」
木手は少し拗ねたような表情を見せたが、すぐに笑顔になった。
「うえっ…永四郎、またゴーヤー食ってる…」
昼どきの比嘉中学校。
学食でゴーヤー定食を食べる木手に、平古場が嫌そうな顔で呟く。
隣の甲斐も見るのも嫌というぐらい渋い顔をしている。
「何ですか?好きなものを食べてたらいけないんですか?」
二人のゴーヤー嫌いはいつものことだと、しれっと答える木手。
「君達も田仁志君ちのお父様の料理を食べみたらどうですか?好きになりますよ」
自分の名前を呼ばれ、会話に加わる田仁志。
「おう。凛も裕次郎も騙されたと思って父ちゃんの料理食ってみ」
「そうは言ってもなぁ…嫌なもんは嫌だし…」
平古場と甲斐は顔を見合わせて、嫌気が差した顔をする。
「これは時間を見つけてでも克服してもらわないと」
「いつにする?父ちゃんに予定聞かないと」
木手の言葉に田仁志は面白がって乗っかった。
「おい!俺達田仁志んち行く気なんてねぇぞ。勝手に決めんなっっ!!」
当の本人を置いて話しを進める木手と田仁志に、平古場と甲斐は慌てた。
しかし、木手は二人の悲鳴にも近い抗議を無視する。
「そうですね…」
木手は微かに口端を上げた。
「今度の日曜日」