「あ゛！」

朝練中の出来事。
永四郎が珍しく声をあげた。
周りの全員が驚きで永四郎に注目する。

「ど、どうしたん…急に」
凛君が俺達の疑問を代表するかのように永四郎に尋ねた。
「べ、別に…何でもありません…」
そのわりには目が泳いでいる。
「何でもなくて突然叫ぶか？なぁ？」
凛君は裕次郎に同意を求め、何とか真相を聞き出そうとしている。
「そ、それは……」
口篭る永四郎。
一瞬、俺の方を見たのは気のせいか。

「今朝、布団を干して来たのですが、午後から雨だったことを思い出して…」
「主婦かよ！」
裕次郎が思わずツッコんだ。
明からさまな言い訳に凛君が納得するはずもなく、なおも食い下がっていたが、監督の怒声でその場はうやむやになった。



昼休み。廊下で永四郎とばったり会う。

「…知念君…それ…」

両手にたくさん菓子パンやらを抱えた俺を見て、永四郎は絶句している。
「ああ、凛君や裕次郎が俺の誕生日だからって奢ってくれた」
「……誕生日…」
「でも、この量は俺一人じゃ食べ切れそうにない。手伝ってくれないか？」
「…いえ…俺はもう食べたので…」
「おやつとか」
「田仁志君にでもあげたらどうですか。俺、急いでるんで…」
「永四郎？」
俺の横を早足で通り過ぎる永四郎。

いつもなら小言の一つでも言っていきそうなものだが…
今日の永四郎はどこかがいつもと違う



「腹減ったなー。どっか寄ってくか？」
「ああ」
「俺、Ａ&Ｗ（エンダー）がいい！」
放課後の部活終了後、着替えをしながら凛君達とどこへ行こうか話し合う。

「永ちゃんも行く？」
一人、まだユニフォームのまま部誌を書いている永四郎に裕次郎が声を掛けた。
「……俺、は……」
また、目が合った気がした。
朝練の時と同じ、何かを伺うような視線だ。
「……そのまま帰ります」
永四郎はそう言って、再び部誌を書くため顔を下に向けた。


「あれ、知念、行かねぇの？」
「忘れ物。後から行く」
今日の永四郎の態度が引っ掛かり、俺は再び部室に戻った。

「知念君？どうしたの？」
突然入って来た俺を見て、永四郎は目を丸くする。
「んー…あー」
いざ本人とサシで向うと、何て言ったら良いか困った。
「もうすぐ鍵締めてしまいますよ」
永四郎は忙しなく部誌を閉じ、席を立ち自分の荷物を纏め始めた。
これは、一秒でも俺と居たくないということだろうか…

「今日の永四郎は何でか余所よそしい気がする」
永四郎の手が止まる。
「…そ、そうですか？」
「ほら、今も距離を置いてる」
「…………」
図星なのか、永四郎は無言になった。
「……俺、永四郎の気に障ることしたか？」
永四郎の目の前に立ち、視線を合わせた。
「何も…ないですよ」
永四郎は俯く。その態度で何もないわけないだろう…
俺は思わず溜め息を漏らした。
永四郎の肩が強張った。
「はっきり言ってくれないと、俺は知らずに永四郎を傷つけているんじゃないかと気が気でならん」
「……………今日が、」
永四郎は白状したのか、ゆっくりと唇を動かし始めた。

「今日が、知念君の誕生日だって、事を…朝、思い出して…」
ぽつぽつと語り始める永四郎。

朝、というと…

「それで朝練の『あ゛』？」
永四郎はこくんと首を縦に動かした。
「プレゼントを、何も用意してないのが、凄く、悪い気が、して…」
「それで俺を避けてた？」
永四郎は再び首を縦に動かす。
今日の永四郎の態度が不自然だったのは、俺の誕生日を当日まで忘れていた事に引けを感じていたからか。
嫌われたとばかり思っていたから、肩の力が一気に抜けた。
それだけのことで……

凛君達のように菓子パン一つ奢るだけでも良かったのに
「おめでとう」と一言言ってくれるだけで良かったのに

ホント、変なところで融通が利かない奴だよな、と可笑しくなった。

「永四郎、今１９時２３分」
「？」
唐突に掛けた言葉の意味が飲み込めなかったらしく、永四郎は俺を仰ぎ見る。

「まだ間に合う」

その隙をついて、永四郎の唇に自分の唇を重ねた。


「プレゼント、貰った」

「！」

俺の言わんとする意図がわかったのか、永四郎はハッとして目を見開き、直後、顔色が変わった。

「ちちち知念君っ、そそそそれはプレゼントじゃありませんっっ」

慌てる永四郎なんて、珍しいものを見た。
頬を赤く染め、口元を軽く押さえて俯く姿はとても愛らしい


――――サプライズプレゼントだ