眼鏡女王
「ああ、ここに居た」
部室で引き継ぎノートをまとめている木手のところへ、平古場と甲斐が入ってきた。
一瞬にして賑やかになった部室内の空気に、木手は軽く眉間の皺を寄せた。
「ん、」
甲斐が紙袋を逆さにし、中身を落としていく。
木手の目の前にはちょっとした小包の山が出来上がった。
「何?邪魔なんだけど…」
「うちのクラスの女子から、お前宛て」
「…ああ…バレンタインの…」
目についた箱を一つ手にして、包装紙や封款のシールに書かれた“Velentine”の文字を読んだ。
「こいつさ、女子から声掛けられて喜びまくってたら、『木手くんに渡して~』って。もうそのパターンが何度も続くもんだから可笑しくって…」
「凛くん、笑うなよ」
「それはご愁傷さま」
「なあー永ちゃん、こんな食べ切れないだろ?1個ぐらい頂戴よ」
机に両肘をつき、甲斐は木手に顔を近づけるように身を乗り出す。
足をバタつかせる仕草は、子供が駄々をこねるそれに似ていた。
「裕次郎、毎年義理チョコだけは多かったけどな、今年は何故か少なかったな」
「余計なこと言うなよ、凛くん」
「……じゃあ、可哀想な甲斐クンに1個だけ。この中から選んでいいよ」
別に紙袋にまとめていた小包と混ぜて、机に広げる。
「軽く嫌味のレベルだな…」
「うわ、迷うなー、どれにしよっかなー」
平古場は同情的に甲斐を見るが、当の本人は選択肢が増えたことに喜び、選ぶのに夢中だった。
「これにする!」
「…それでいいの?」
「何か美味そうな感じがするから」
「…そう…」
「家帰って自慢しよーっと」
大喜びで部室を出ていく甲斐。
しかし、平古場はまだ部室内に留まった。
「一緒に帰らないの?」
「お前の愛情表現わかりづれぇ」
「キミは気付いたじゃない」
「まあ、わざわざ選択肢増やした時点で引っかかったけどな」
「でも…まさか本当に当てるとは思わなかった…」
微かに、木手の表情が緩んだ。
「あいつの嗅覚、マジで犬並みだな…」
「ほんと」
外から甲斐がくしゃみをするのが聞こえた。
「俺達が話してること察したんですかね」
「そうかも」
去り際に、手近にあった小包を一つ手に取る平古場。
「俺、これ貰っていい?」
「どうぞ」
「来年は俺にも手作り頂戴よ」
「気が向いたらね」
外で待っていた甲斐に追いつく平古場。
「凛くん、遅いよ!」
「悪ぃ。なあ裕次郎、永四郎から貰ったチョコ、よく味わって食えよ」
「え?何?高級チョコ?」
繁々と箱を見る甲斐。
平古場は、木手の想いに中々気付かない甲斐に苦笑する。
「それよりもっと価値のあるもんだぜ」
※説明したら負けではあるのですが…
恥ずかしがり屋さんな主将は、意中の彼へ他のチョコをカムフラージュにこっそり渡してみましたって話です。
甲斐君が別のチョコを手にしていたらそこで恋が終わったかもしれない(笑)