眼鏡女王

骨太な腕が蕎麦粉と小麦粉を捏ね、塊を作る。

塊を叩きつけては捏ねるという作業を繰り返し、塊の形を整える。

そして、麺棒の登場。
塊を薄く引き延ばしていく。


ここまでの軽やかな手際に惚れぼれする。
あまり見とれていると彼に気付かれそうだと、飲み物を飲んだり、本を読んだりしながら横目で伺う。

何度目かの盗み見をしたら、彼と視線があってしまった。

「永四郎もやってみるか?」
「…俺はいいですよ」
「自分で作ると格別だぞ」
「俺は田仁志クンの蕎麦が食べたいので…」
「切るくらいはやってみろよ」
そう言って彼に無理矢理手を引かれ、渋々台所の作業台前に立つ。

「駒板を少しずつずらしながら切っていくんだ」
「…こ、こうですか…?」
「ああ。板は強く押さえつけないようにな。蕎麦の折り目が切れるから」
「……!」
急に影が出来たと思ったら、田仁志クンに後ろから手を添えられ、動作の指示を受ける。
田仁志クンの胸板が背中にあたり、変な熱を帯びてくる。
「うまいじゃないか。さすが永四郎」
耳元近くで言葉が発せられる度に、背中に電流が走った。
何とか平静を保とうとするが、手が震える。

「あ、後は田仁志クンに任せます」
無理矢理道具を押し付け、リビングに戻った。
あれ以上居たら、自分の正気がどうなっていたかわからない。

田仁志クンは手早く麺を切り、茹でにかかった。
暫くして、丼ぶりに盛られた蕎麦がコタツに並ぶ。

「くわっちーさびら!」
両手を合わせてから、蕎麦に箸を付ける。
「この不格好なの俺が切ったヤツですね」
「美味けりゃ形なんて関係ないって。うん、まーさん、まーさん」
田仁志クンは美味しいと豪快に音を立てて蕎麦を啜る。

微かに、除夜の鐘が聞こえてきた。

「…今年もあと数時間ですね」
箸を休め、時計を見る。
「来年もよろしくな、永四郎」
食べる行為の延長上にさらりと言われた。

なんて情緒がないんだと思ったが、彼らしい挨拶だと口元が緩んだ。

「…ええ、よろしくお願いします」




来年もキミと一緒にいられますように
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