「それじゃ、ペア組んだ人とお互いの似顔絵を描くように」

美術の時間、
各々が散々になり特定の相手を見つけて固まる中、俺は、後方の机で動じずに座っている木手の処に向かった。

「いつも気を遣わせて悪いですね」
「そんな風に言うなよ」

木手は、その容貌とどこか高圧的な態度から、同学年はおろか、校内中で“お近づきになりたくない生徒”ナンバーワンだった。
テニス部の連中は慣れたところもあって――元々胆の据わった奴が多いのだが、俺も同じ部の一人としてペアを組めだの班を作れだの言われた時は何かと一緒にされた。
だから、俺が真っ直ぐ木手のところに行ったのも暗黙の了解だった。

正直俺だって、木手の事を取っつき難い奴だと思う。
でも、周りの連中が抱いている恐怖の対象というよりかは、神々しい近寄り難さを感じていた。

絶対的強者。不可侵の存在。

テニス部に誘われて、俺の世界が広がった。

憧れと、尊敬と、そして恋慕

俺はずっとそんな風に木手を見てきた。



木手と対面し、とりあえずシャープペンを持ってみるが、どこから描こうか思案しているうちに時間だけが過ぎていった。
木手の方は順調に描き進んでいるようで、さらさらと筆を滑らす音が聞こえる。
時折木手の視線を感じて、気恥ずかしさの余り中々顔を上げられないでいた。

「不知火クン、そんなに俯いてたら見えない」
「あ、悪い…」
俺もいい加減絵を描かなくちゃいけないので、渋々顔を上げ、改めて木手を観察した。

伏し目がちの視線が妙に色っぽく感じた。

「さっきから手が動いてないみたいだけど？あんまりジロジロ見られると照れる」
「いや…なんか、お前の顔整い過ぎてるからどう描いたらいいかわかんなくって…」
「…………」
窓から射し込む光の加減のせいか、木手の頬がほんのり赤らんだ気がした。

「んもう、変なこと言わないでよ…」
今度は木手の方が顔を深く俯かせた。


ああ――

俺に絵心があれば、今この瞬間を描きたいと切に思った。

こんな木手の可愛い一面をクラスの連中は知らないんだ。


「木手、それじゃあお前の似顔絵が描けないじゃないか。顔見せてくれよ」

「誰のせいよ…」


これは木手の隣りを許された俺だけの特権だ



教えてやるものか